法曹界の俊才である19歳上の江木衷と再婚

2人はもともと顔見知りで、衷が東大法科生のころ、下宿先に洗濯屋の御用聞き(一説には弁当の仕出屋ともいわれる)に来ていた美少女が栄子だったといわれている。結婚後は衷に勧められるままに詩、書、画、篆刻てんこく、謡曲と趣味を広げ、才人ぶりを見せて社交界の花形となった。

江木欣々
江木欣々。ポーラ文化研究所『幕末維新 明治大正美人帖』より(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

異母妹に悦子、藤子、ませ子がおり、ませ子は美人画家の鏑木清方の最高傑作「築地明石町」のモデルとして知られる。また、戦後の国際派女優・谷洋子も親戚である。

夫の江木衷
夫の江木衷、『帝国法曹大観』(帝国法曹大観編纂会)、1915年。国立国会図書館デジタルコレクション(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

江木衷は1858(安政5)年に岩国藩士江木俊敬の次男として生まれ、7歳の時に父親を亡くす。18歳で文部省にいた兄を頼って上京、東京開成学校(現東京大学)に特待生として入学してイギリス法を学んだ。成績優秀ではあったが悪戯や悪ふざけも多く、教授に議論をふっかけて授業を潰したりもしていたという。