セツが「オジョ」と呼ばれたワケ

セツの実母の小泉チエは、この塩見増右衛門の一人娘で、500石の御番頭であった小泉弥右衛門湊のもとに嫁いだ。この湊がセツの実父だが、わざわざ「実母」「実父」と表記するのには理由がある。

セツの養父母は100石の組士を務める並藩士、稲垣金十郎とトミ夫妻だった。セツの実母は稲垣家と、今度子供が生まれたら養子にあたえるという約束を交わしており、セツは生まれてわずか8日目に、稲垣家にもらわれていったのである。並藩士の家が、家老の孫娘かつ上級家臣の娘を養女にもらったので、セツのことを、お嬢を意味する「オジョ」と呼び、いつくしんで育てたという。

セツ自身が「幼少の頃の思い出」に、次のように書いている。