※本稿は、牛田享宏『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
幼児の「痛がり方」は母親次第
我々は子供の頃からさまざまな痛みを経験してきています。その人がどれだけ痛みに恐れおののくかについては、これら過去の「痛みの経験」から学んできたことが大きく関与すると考えられています。
このことに関連して、尊敬する丸田俊彦先生(元メイヨー・クリニック医科大学精神科教授)が書かれた『痛みの心理学(※1)』の中で「ソーシャル・リファレンシング」という概念が取り上げられていますので、その内容をかいつまんで紹介したいと思います。
よちよち歩きの幼児が遊びに調子に乗りすぎてテーブルに頭をぶつける。びっくりした幼児Aはそこで遊ぶのをやめ、母親を振り返る。あたかも「この頭の感じは何? 泣いたらいいの? それともママのところに駆けて行こうか?」とでも尋ねるようにふるまう。
その際、母親が大丈夫そうな顔をして微笑んでいれば、幼児Aは安心して遊びを続けるであろうし、母親が真っ青な顔をして駆け寄れば幼児Aは何事かと思って泣き出すかもしれないということである。
※1 丸田俊彦『痛みの心理学―疾患中心から思者中心へ』(中公新書、1989)
人間も犬も痛みを「学習」する
すなわち、これらの一連の行動の中で、乳幼児は痛みの体験を社会・社交的現象としていかにとらえて行動するかを決定する際の参照先(=ソーシャル・リファレンス)として母親を利用していると考えられています。母親の反応によって「痛み」の持つ意味を初めて学習する、と言い換えてもよいかもしれません。
このことに関連しての動物実験も存在します。生まれてから成熟期までオリに入れて育てることで、外傷やそれに関連するソーシャル・リファレンスを奪われたテリア犬は、炎を見るとその中に鼻を突っ込むことを繰り返したり、足を針で刺されてもされるがままになったりするとのことです(もちろん、普通に育てられたテリア犬は炎や針を見ると逃げ出す行動をとります)。

