順調だったサラリーマン生活
旭屋のはじまりは大正15年(1926年)。石川県金沢市出身の祖父が、祖母と駆け落ちし、神戸の肉屋で修業を始めた。その後、競合店のいない地域を求め、高砂市に「旭屋」の看板を立てた。
海岸沿いの工業地帯であるこの町は、夕方5時頃になると、工場で働く人やその家族がひっきりなしに店を出入りした。肉だけでなく、夕食の1品になるサラダや、注文を受けてから揚げるとんかつが飛ぶように売れた。
新田さんが店を継ぐことになったのは30歳の時。当時、東京の大手宅配会社で手取りが100万円を超え、昇進の話が出ていたというほど、順調なサラリーマン生活を送っていた。
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