松平定信が半蔵の子孫を重用していたワケ

松平定信はこの定綱の子孫の婿養子であり、冒頭の服部半蔵正礼は正重の子孫である。

松平定信が諸大名の人望が高く「黒ごまむすびの会」を主宰するに至ったのは、天明の飢饉ききんでの対処が適切で、白河藩内に飢餓者が出なかったことであるが、江戸在府の定信に代わって、正礼が白河で飢饉対応に尽力していたのである。きっと有吉弘行のように抜け目なく、それでいて堅実な人物だったに違いない。

「松平定信自画像」鎮国守国神社(三重県桑名市)、天明7年6月
「松平定信自画像」鎮国守国神社(三重県桑名市)、天明7年6月(写真=PD-Japan/Wikimedia Commons)

ちなみに、なぜ「服部」と書いて「はっとり」と読むのかといえば、もともとは機はたを織って服を作っていたことから、服をつくっていた部民ぶのたみを服部=機織部はたおりべといい、それが略されて「はっとり」と読むようになったようだ。

【図表】服部半蔵正成とその子孫たちの家系図
筆者作成

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