皇室で和装より洋装が格上となった理由
ところが、平安時代に入ると、唐の国内が乱れるようになり、遣唐大使に任命された菅原道真は、遣唐使の廃止を提言し、自らも唐にはおもむかなかった。これで、正式に遣唐使が廃止されたわけではないのだが、これ以降の日本社会では、独自の「国風文化」が栄えることになる。
服装に関しても、湿気の多い日本の気候や、室内で座るという生活様式にあわせて、着物の原型となる「小袖」が開発されていった。通気性が重視され、着脱が容易なものに改良されていったのである。それによって、日本の服装文化は、中国とはかなり異なるものとなった。だからこそ、着物は日本独自のものとなったのである。
ところがである。これは、拙著『日本人にとって皇室とは何か』でも述べたが、女性皇族の衣装についても研究している三笠宮家の彬子女王によれば、皇族が着物を着るようになったのは、意外に最近のことだというのである(『和楽』2024年9月1日)。
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