ワイングラスを手に毎晩夫婦で白熱の議論

結婚以来、同志として生きてきた2人だ。「こう見えても、私、ずいぶん、夫を立てたのよ」と言うものの、現在、80代になる夫婦の姿をみれば、なんと先駆的な夫婦なのかと思う。イタリア留学に際して、夫の身内からは、「内助の功」を説かれた。妻は夫を支えるものというのが一般的な夫婦像の時代だった。そんな時代にあって、勲さんは、育児を肩代わりしながら、妻の音楽への思いを、自分の情熱と同様に尊重していた。

みべ音楽院設立後、札幌にて開催された夫・勲さんとのジョイント・コンサート。1986年。
写真提供=三部安紀子さん
みべ音楽院設立後、札幌にて開催された夫・勲さんとのジョイント・コンサート。1986年。

「みべ音楽院」を拠点とした、夫婦共同での後進育成の日々は、5年にも満たないものとなった。勲さんが元気だった当時、夜は2人で杯を交わすのが常だった。

「2人とも、生徒に声楽を教えているものですから、飲んでいて生徒の話になると、発声のこととか、こうじゃない、ああじゃないって、夫婦であっても解釈の仕方が違うものだから、つい夢中になって、おしゃべりが止まらないの。夜中の2時、3時まで、たったか、たったか、しゃべるは、飲むは、飲むは……」