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桐島かれんのルーツ「放任主義な母」
(左)母・洋子さんは1937年生まれ。文藝春秋の編集者時代、米軍の退役中佐と恋をして長女かれんさんを出産。翌年、次女ノエルさんを出産。写真は従軍記者として赴いたベトナムにて。後に長男ローランドさんを出産、アメリカ放浪を経て作家デビュー(右)桐島かれんさん
結婚のお祝いにと、母から貰ったジャン・コクトーの版画。「『横顔がかれんに似ているから』と言っていましたが、家に掛かっていたものをくれただけかも(笑)」。母とは現在も「旅友」と、かれんさん。世界中を母や弟妹と旅したことが思い出深いと語る。
(上)当時の文春には結婚退社の規定があり、洋子さんは妊娠を隠し続けて2カ月間、病気休暇を取り、湘南の家でかれんさんを出産。1週間で職場へ復帰。(下)フリーの従軍記者としてベトナム戦争の最前線へ。帰国後、3児の父親と別れ、活路を求めて渡米。
(上)母は子どもたちに「人生に必要だと思うものを詰めて」とスーツケースを1つずつ与え、3週間後に羽田空港で待ち合わせ。『マザー・グースと三匹の子豚たち』のアメリカ暮らしがスタート。(下)カナダで50代からの晴耕雨読生活を楽しんだ洋子さん。
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