厚生労働省による統計不正問題。不正の動機は「アベノミクス」の成果を演出するためだったのか。昨年8月時点で、いち早く統計の不備を指摘していた大和総研の小林俊介エコノミストは「日本の実質総所得の増加は事実であり、厚労省には意図的な不正の動機がない。統計担当者が安倍政権を忖度していたとは考えられない」と指摘する――。

適切な手続きを経ず独自の判断で調査方法を変更

2019年に入って、毎月勤労統計(厚生労働省)の不正問題が連日報道されている。同統計は賃金、労働時間、雇用の変動などを把握するための統計であり、国の重要な統計である「基幹統計」に指定されている。

議論の場は国会にも及び、与野党を巻き込んで紛糾した。しかし、一連の報道も、国会における答弁も、問題の本質を外しており、結果として議論がかみ合っていない。本稿では、筆者自身の個人的な体験も交えつつ、「統計不正」の本質的な問題点を考えたい。

経済統計は国や企業を操縦していく際の「高度計」や「速度計」に当たる。もしそうした計器が狂っていたら……(写真=iStock.com/guvendemir)

今回の一件をめぐり、厚生労働省は少なくとも2つの問題を引き起こしている。1つが「2004年から2017年にかけて行われた不正」、もう1つが「2018年以降に行われた不適切処理」だ。議論が空転するのは、これらが混同されているからだ。

前者は、明確な「不正」である。2004年から2017年にかけて、厚生労働省が適切な手続きを経ずに、独自の判断で「全数調査」から「サンプル調査」に切り替えた。またサンプル調査に切り替える際、母集団の復元という処理が行われなかった。その結果、同統計における給与額が過小に公表され、経済分析を歪ませた。同統計に基づいて支給される失業保険や労災保険は、適正な金額より少なくなり、社会問題を引き起こした。

正直に白状すると、筆者は当時この不正には全く気付いていなかった。また、私の知る限り、いわゆる「インサイダー(同統計に関与した職員)」を除いて、誰一人として「不正」を疑っている者はいなかったように思う。

多くのエコノミストが批判を自粛した理由

2つ目の問題である「2018年以降に行われた不適切処理」は、筆者を含め、多くの専門家が発覚前から疑問を感じていたようだ。しかし正面から改善を要求したのは、エコノミストの中では筆者だけだった。

統計不正問題が広く報じられたのは今年に入ってからだが、筆者は昨年8月のレポート「なぜ賃金・所得が改善しても消費が回復しないのか?」で、「統計の信ぴょう性を疑わざるを得ない事態に陥っている」と指摘している。

このレポートを受け、昨年9月には西日本新聞の取材に対し、こうコメントした。

「誤差に対しては、経済分析で統計を扱うエコノミストからも疑義が相次いでいる。大和総研の小林俊介氏は『統計ほど賃金は増えていないと考えられ、統計の信頼性を疑わざるを得ない。報道や世論もミスリードしかねない』」と指摘。手法見直し前は誤差が補正調整されていたことに触れ『大きな誤差がある以上、今回も補正調整すべきだ」と訴える」(西日本新聞 2018年09月12日