バッタ博士・前野ウルド浩太郎は静かに、だが力強くこう書く。
「ペンとノートだけを持って、サハラ砂漠でサバクトビバッタを研究せよ」という課題が出たときのみ、私は世界トップレベルの得点をたたき出す自信がある——。
自信を生み出す壮大なる「ひと工夫」、それは「現場に行き、現場に学ぶ」ということ。
連載、堂々の最終回。

悔しさが探求心を刺激する

バッタの大群を撮影中の著者(モーリタニアにて。ティジャニ撮影)。

サバクトビバッタの野外調査で一番大変なのは、胸の高鳴りを抑えることだ。今日のバッタは何色だろう、大群に襲われて着衣が食べられて丸裸にされたらキャッ恥ずかしいとかいらない妄想をしながら、相棒のティジャニが運転する車で砂丘を乗り越え、彼らの住処・サハラ砂漠に突撃する。先発隊からもらった位置情報めがけ、GPSを手掛かりに数百kmかけてのダイブ。万が一の命綱は、地球上のどこからでも繋がる10万円の衛星電話と無線。戦闘コマンドは「命大事にしつつも果敢に攻めろ!」。

バッタたちを発見したら、おもむろに密着しはじめる。野宿しながらバッタとの5日間の同棲生活。寝ても覚めてもバッタをうっとりと凝視する。夜もヘッドランプ片手に寝込みを襲う。

「こんな暑いところで大変ですね。草も食べなきゃいけないし、天敵の鳥からも隠れなきゃいけない。おまけに脱皮もしないといけないし」

生態を明らかにするためには、目の前のバッタをただ漠然と観察するのではなく、自分もバッタになりきって彼らが直面している問題に気づくことが重要だ。

「灼熱の大地でいかなる手段をもちいて生き延びようか」「この広大な砂漠で、はたして交尾相手は見つかるか」など、砂漠という過酷な土地で生きている者が抱える特有の問題がみえてくる。砂漠でうごめくバッタたちを一日中見ていると、いくつもの不可解な行動に気づく。バッタ博士を名乗っているくせに、いかに彼らのことを知らないか痛感させられる。だが、その悔しさが知的探求心を刺激する。

バッタはどんな工夫をして問題を解決しているのだろうか。「相変異」は過酷な環境で生き延びるために自らを進化させた彼らの最大の工夫と言っていいだろう。サバクトビバッタならではの工夫を知ることが何よりの喜びである。「なぜ、どうして、どうやって」としつこくバッタと自分を尋問する。知りたくて知りたくてどうしても知りたくて、身悶えしてしまうものが、その日挑む謎となる。すなわち、研究対象となる目先の謎は、現地調達している。野外調査が成功するかどうかは、「無計画」がカギを握っている。