吊るされた死刑囚は10~15分で死を迎える

そういえば、先週のことだ。寺園に対し、吉浜秀子が、不安そうな表情で、こう尋ねてきたのだった。

「ここって死刑を執行したりするんですよね。やっぱりその時は、私みたいな看護師にも何か役割が振られるんですか」
「そうか、吉浜さんの着任後は、まだ死刑はやられとらんもんな。でも心配せんでええよ。その時に立ち会う職員は、医務課のなかじゃ、医務課長とわしら刑務官だけだもんで」

49歳の寺園であるが、すでに9回の絞首刑に立ち会っている。

執行時における保健助手の役割は、最期の看取りだ。刑場の地下にいて、落下してくる死刑囚を待つ。吊るされた死刑囚が目の前に現れたら、その体を支え、絶息するまで手首に指を当て、脈をとり続ける。

心肺停止に至る時間は、早い者で10分、平均だと15分くらいだ。脈が止まれば、次に、医師である医務課長が心音を確認し、死亡を告げる。そのあと保健助手は、警備隊のメンバーとともに遺体を清拭せいしきし、白装束に着替えさせる。

鼻や耳に脱脂綿を詰めたり、髭を剃ったりするのも、保健助手の役目だ。そして、納棺した遺体を、一階にある霊安室まで移動させれば、とりあえずの仕事は終了となる。

通常業務は、収容者の健康管理や病気治療

「きっと、あしたやるんやろうな」

また平松が、独りごとを口にした。寺園は、それに反応せず、目を下に向けたまま、作業を続ける。チェック済みの薬を、白い布でできた手提げ袋の中に詰めていく。

寺園には、准看護師の資格がある。看護系の学校を出たわけではない。高校は鹿児島県内の剣道の強豪校に通い、3年時には、インターハイで好成績を収めた。高校卒業後、「武道拝命」という採用枠によって刑務官になる。最初は、名古屋拘置所の処遇部に籍を置いた。

夜間の巡回、および収容者の入浴や運動への立ち会いが主な仕事だった。そして、20代前半の頃だ。東京にある法務省の准看護師養成所において2年間の研修を受け、准看護師の資格を取得する。名古屋拘置所に戻ったあとは、医務課に所属。保健助手として、医師をサポートしつつ、収容者の健康管理や病気治療にあたっている。平松も、同様の立場だ。

二人はともに、「副看守長」という階級にあった。刑務官の階級は7段階あるが、副看守長は、下から3番目。管理職ではなく、二人は現在、監督権限のない係長待遇となっている。

医務課長の米崎は、寺園よりもひと回り下だった。2年前に、名古屋大学医学部附属病院から異動してきた外科医である。医師としての腕は確かだ。落ち着いた物腰で、的確な判断を下していく。寺園は、その仕事ぶりに、年下の相手ではあるが、頼りがいさえ感じていた。