なぜ赤ちゃんは手を動かしているのか

では、生まれたあとはどうだろうか。新生児は生後3日目までは、手を口に持っていく際に口を開けていることがきわめて多いという。この傾向は赤ちゃんが目を開けているときにも、閉じているときにも特段の差がなかったことから、どうやら手が見えているかどうかは関係ないらしい。このような手と口の協応動作では、視覚よりもむしろ、手と口の自己受容感覚(筋感覚)を手がかりにしているようだ。

こんな実験もある。生後10日から24日の新生児を対象に、赤ちゃんをベッドに寝かせ、手首に紐を結んでおく。紐を足側に置いた滑車に通し、紐の先にわずかの重さのおもりを吊るす。

つまり、おもりによって、手には足方向への多少の力がかかるのだ。この日齢の赤ちゃんは、まだ顔の向きを変えることはできない。それを利用して、三つの条件のもとで実験を行った(図表2)。

脳の本質』(中公新書)より

一つ目は、赤ちゃんの顔の向きと同じ側の腕に重さがかかり、赤ちゃんが自分の腕を見ることができる状態。二つ目は、顔の向きと逆側の腕に重さがかかり、自分で直接腕を見ることはできないものの、顔の前に置かれたビデオモニタ上で、顔とは反対の腕を見ることができる状態。三つ目は、腕に重さはかかっているが、顔の両サイドに設置された仕切り板のため、両腕とも見えない状態。

要するに、赤ちゃんが自分の手を見ることができるかどうかが、腕の運動に影響するかを調べたわけである。

能動的な学習を試みている

結果は、興味深いものであった。一つ目と二つ目の条件では、赤ちゃんは、たとえ反対側の手であっても、自分の手を自分から見える位置に維持しようとしていた。ところが三つ目の条件では、手はおもりの重さにつられて下がってしまったという。

この実験は、私たちが一般的にイメージする赤ちゃん像を刷新する。赤ちゃんは何の意図もなく腕を動かしているのではなく、自分の手を視野内に入れようと、外力がある場合でもそれにあらがって活発に動かしている、能動的な学習を試みる姿である。

もちろん、この研究以外にも、ほぼ同じ日齢の新生児では、自分の手を見えるところに移動させていることがわかっている。

なお、2018年、竹村尚大、福井隆雄と筆者(乾)は、このように手を自分の視野に持ってくる運動が、生後9カ月頃から見られる指さし動作(遠くにあるものを指で指し示す動作)につながることをコンピュータシミュレーションによって明らかにした。