「いつも通りの休暇」に欠かせない2つのもの

途中、パーキングで2回休憩した。野球帽を目深に被り、サングラスを掛けて車から降りる。身長180センチはどうやっても目立つ。周りの人が立ち止まり、「えっ! 健さん」と驚いている。うつむき加減で戻ってきた健さんは、「誰にも気づかれなかったよ」と呟いた。

晴れ男の健さんのおかげでか、伊豆下田の海と空は真っ青。

到着したのは、いつも利用する隠れ家的なペンション。目の前は、誰もいないプライベートビーチ。

谷充代『高倉健の図書係』(角川新書)

「提案があるんだけど……」

まっ白い歯を見せて切り出した話は、「今日はこの2人がお客さんですから、僕の部屋とチェンジしてください」

見晴らしのいいテラスがついた二階が私達。健さんの部屋はその真下となった。

2泊3日の取材を前に一つの約束事が暗黙のうちに決まる。

「いつも一人で過ごす休暇と同じにしていたい。散歩も自由時間も食事のメニューも」

健さんの「いつも通りの休暇」が始まった。

「珈琲は砂糖なし、ミルクたっぷりでお願いします」

私は健さんの部屋まで珈琲を届けた。窓からの海風が心地よい。ベッドを背にして伸ばした脚は窓際にまで届いている。

私は思わず、「この部屋、狭くないですか」

「そうかな。僕にはこれがあるから気にならないよ」

そう言うと読んでいた本を高く上げた。

「旅先に持ってくるのは本と、好きな映画のビデオだけ」

そして、健さんがよく使うフレーズが飛び出した。

「好きな本を読んで、ぐっと来るものがあれば、その旅は最高だよ」

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