取引当日、突然、場所を変更するというトリック

「A社からB社、B社からC社という二つの取引なので、はじめは同じ銀行の支店内で2つの部屋を借り、そこで作業する手はずでした。まず北田たちから指定されたのがY銀行の町田支店です。うちの会社と東亜エージェンシー、それに西方さん、それぞれの司法書士が立ち会ってY銀行町田支店で契約を交わし、その場で代金を支払う段取りだった」

津波がそう振り返った。

「ところが取引当日になって、とつぜん話が変わったのです。東亜・北田側が、『西方さんが、Y銀行の町田支店では家から遠いので困ると言っています』と取引場所の変更を求めてきたのです。彼らはすでにその変更先を決めていた。『東急線沿線にあるM銀行の学芸大学駅前支店に西方さんを呼んでいるから、そちら側の司法書士などを向かわせてほしい』と要求するのです。地主さんの希望なので、断われませんでした」

これもトリックの1つだ。そうして不動産代金の支払い決済は、町田と目黒区の学芸大学駅前という遠く離れた別々の銀行でおこなわれることになる。津波の会社の担当者はY銀行の町田支店で不動産代金の5億円を引き出した。

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町田駅周辺 ※写真はイメージです

購入者が振り込んだ5億円は、その日のうちに「消失」

本来なら、その5億円がM銀行の学芸大学駅前支店で待つ東亜エージェンシー側に送金され、それを確認した東亜エージェンシーが持ち主の西方に売買代金として入金すれば取引が完了する。だが、初めから犯行グループは取引を成立させるつもりなど毛頭ない。取引場所を分断させたのは、時間稼ぎと同時に、目の前で現金のやりとりをされては困るからだ。そのために決済当日になって持ち主の西方を別銀行の支店に呼び出し、目くらましをした。

そして案の定、津波の支払った5億円がその日のうちに消えてなくなる。5億円は東亜エージェンシーの松田ら犯行グループの手によって4分割され、北田の関係先に振り込まれた。東亜エージェンシーを介して1億3000万円が北田の手に渡り、さらにその日のうちに犯行グループが仕立てた大阪のペーパーカンパニーに3億3000万円ほどが振り込まれていたのである。

いわば籠脱け詐欺のようなものだ。彼らがまんまと5億円をかすめ取っていたその間、M銀行の学芸大学駅前支店に代金の5億円が送金されるものと信じ込んでいた津波側の司法書士事務所の職員は、待ちぼうけを食わされた。呆然として、どうすることもできない。むろん所有権の移転登記手続きどころではなかった。