「こういう子どもがいたことを…」フジタさんが壮絶な生い立ちを公表した理由

――家族を持つことへの不安はありましたか。

フジタ 自分が育てられたのと同じことをやってはいけない、と思って子育てをしたとしても、それが正解とは限らないじゃないですか。そういう不安はもちろんありますし、自分がつらい目に遭ったからこそ、とにかく寂しい思いをさせないようにはしたいと思っています。

――フジタさんが生い立ちを公表、発信しているのはどういう理由からなのでしょうか。

フジタ 「こういう子どもがいた」ということって、誰にも知られなければ、本来ならなかったことになるじゃないですか。それがメディアを通して世の中に伝われば、嬉しいなと思って。

今だったら子どもでも何かしら発信できるので、その点では昔に比べればどうにかなるのかなと。ただ、こうした問題が発覚した時に難しいのは、本人が児童養護施設に行きたくないと考えているケースもあるということなんですよね。

子どもにもっと選択肢や決定権があればいい

――フジタさんはそうだったのでしょうか。

フジタ 僕は小学生の頃、1人で住んでいたけれど家に居たかったですし、クラスメートがいる学校からも離れたくなくって我慢していたんです。大々的に先生に助けを求めていたら、僕は家にいられなくなったと思うんですよ。

僕は転校が、死ぬことよりも怖かったかもしれないです、当時は。今考えれば、別に大したことじゃないように思えますけれど。子どもにとっては世界の全てがそこにありますからね。

――世間には家族の関係に悩んでいる人も多いと思いますが、何か伝えたいメッセージなどありますか。

フジタ 転校や児童養護施設の話もそうですけど、子どもにもっと選択肢や決定権があればいいと思います。今は子どもにまつわる何かしらの意思決定において、子ども本人よりも保護者の意見が優先されたり、あるいは役所や施設の決定によって生活環境が移されてしまう。

例えば学校でいじめに遭っていて、そこにいたくないのであれば逃げさせてあげるのは大事だと思うんですけど、同じ学校に通い続けたい場合に、子どもにとって大きな傷になってしまうと思うんです。

もちろん親との関係が良くなくて、保護しなければ子どもに危害が及ぶ可能性があるケースなんかでは難しいと思うんですけど。必ずしも、子どもの居場所を奪うことだけが正義ではないんじゃないかなと、僕は思います。だからこそ、もっと色々な選択肢が増えて、子どもがSOSを出しやすい環境が社会全体で整って行くといいですね。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

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