「悪夢のような事態」と嘆く自治体も
自治体にとってふるさと納税は自由競争の場だ。工夫を凝らし、魅力的な地域であることを人々に示せれば多額の寄付が集まる。つまり「自治体みずからが決め、実行し、問題解決をはかる」という分権型社会の原則がそこにあるわけだ。
このふるさと納税を用い、地方分権の道を押し拡げる。それが政府の真の狙いだろう。菅元首相の卓抜した実務家としての手腕からしても、そう見なして間違いない。
このステルス的地方分権政策は、目に見える成果をあげている。実際、大都市から地方に巨額の税金が移っていて、その額も年々増大しているのだ。たとえば東京世田谷区では2023年度のふるさと納税による住民税の減収額が約98億円に及んだ(東京23区で最多額)。ほかの自治体に98億円が流れたわけだ。世田谷区長はその巨額の流出に「悪夢のような事態」と不満をあらわにしている(※6)。一方、財源の乏しい地方の自治体にとっては歓迎すべき状況だろう。
※6 NHK政治マガジン「ふるさと納税過去最高も 明暗くっきり『悪夢』のなぜ?」(2023年8月1日)、総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果(令和5年度実施)」(2023年8月1日)
税収減は「ただの努力不足」
この世田谷区にかぎらず、巨額流出に瀕している大都市はいずれも制度の見直しを訴えている。税収が失われると行政サービスが低下してしまう。それでは本末転倒。地域を支援するという、ふるさと納税の本来の趣旨に反する。そんな主張である。
しかしそれは単なるポジショントークだ。ふるさと納税の競争ルールは公平である。創意工夫を尽くした自治体に寄付が集まり、そうでない自治体には寄付が集まらない。それだけの話だ。大都市における巨額流出は、人口の多さにあぐらをかいてきたツケだろう。ようするに努力不足であり、制度を非難するのはお門違いだ。今後、大都市は負けずに創意工夫をして巻き返すしかない。より魅力的な地域社会を目指すのだ。
自治体みずからが決め、実行し、問題解決をはかる――。ふるさと納税は、まさにそのうねりを起こしている。地方分権のうねりだ。菅元首相の目論見どおりだろう。