興行として成り立たなければ、伝統は守れない
歌舞伎はお金を払って観たい人が観る娯楽なのだから、社会の動きに合わせる必要はないという指摘もあるが、娯楽であるがゆえに興行として成り立たないと事業の継続は困難となり、結局伝統を継承できなくなってしまう。
ゆえに今日、あるいは将来の観客が、男だけで演じる歌舞伎を古臭いもの、時代遅れのものと思い、足を運ばなくなってしまっては守るべき伝統も守れなくなる。
重要なのは「守るものと変えるべきもの」をどう選別して考えるかだろう。
だからこそ、松竹は社会的反響や観客の意向を窺うために歌舞伎の殿堂である歌舞伎座で市川ぼたん、寺島しのぶを主役級の役で舞台に出したのであろう。両者とも大名跡俳優の息女であるから家柄が問題になることはなかったこともその判断を促したとは思われる。
私自身、両者の舞台を観たがまったく違和感はなかったし、むしろ歌舞伎の新たな試みとして評価する立場だ。女形の伝統は大事にしつつ、前進座が行っているように演目によって女性を起用したところで歌舞伎の伝統が崩れるとも思わない。むしろ話題を呼び、観客の関心を集めるのではないかと思う。
問題は舞台で演じる役者だけではない
舞台芸術は役者だけでは成り立たない。歌舞伎は日本舞踊の要素を多く取り入れているので、音楽も重要だ。長唄、清元、常磐津、竹本といった音楽が歌舞伎にはよく使われるがこれらの奏者も男性のみが通常だ。
しかし、日本舞踊は歌舞伎同様「家」の芸であり、家元を頂点として芸が継承されているが、女性が家元になることも多い。また長唄や清元なども家制度で成り立っているが、女性演奏家も多く、女性が家元の場合もある。
そうした中で歌舞伎の演奏では、男性の奏者だけを採用していることは職業選択の自由の観点から問題を孕んでいるように思う。
一番の問題は独立行政法人日本芸術文化振興会が運営する国立劇場伝統芸能伝承者養成所の方針だ。
その名の通り、日本の伝統芸能を継承する者を養成する機関で、現在9つの分野で研修を行っている。国立劇場のHPによると、現在活躍する歌舞伎俳優の32.6%、歌舞伎音楽の竹本の86.8%、歌舞伎音楽(鳴物)の38.5%が研修修了者だという。
応募資格があるのは「男子」だけ
2~3年の研修を無料で受けられる制度だが、応募資格を「男子」だけとしている分野が多い。9つの研修分野を以下に分類した。
男女問わず
大衆芸能(大神楽)、能楽(三役)
男子のみ
歌舞伎俳優、歌舞伎音楽(竹本)、歌舞伎音楽(鳴物)、歌舞伎音楽(長唄)、
文楽(太夫、三味線、人形)、組踊(おきなわ国立劇場)
女子のみ
大衆芸能(寄席囃子)
国立劇場の担当者に受け入れ条件に性別を入れる理由を聞いたところ、歌舞伎役者や歌舞伎音楽等の場合、女性だと職に就けないからだという。職に就けないから教育しないという考え自体が、男性だけの職業という状況を固定することにつながるだろう。