悩みから解放される60代、健康の悩みが深刻化の70代

国民生活基礎調査の健康票においては「悩みやストレスの原因」を複数回答で聞いている。この項目の年齢別集計結果から日本人が人生をたどる各段階で経験する悩みやストレスの状況をうかがうことができる(図表2参照)。

筆者作成

特定の年齢層で大きく膨らむ悩みとして、男女ともに、学齢期には「自分の学業・受験・進学」が大きな関心事となるし、また、高齢になればなるほど身体が衰えるため「自分の病気や介護」が重大な関心事となることがよく分かる。そして、この2つの重大関心事にはさまれた働き盛りの時期に「自分の仕事」と「収入・家計・借金等」が大きくなっている。これが人生の基本線だといえる。

図表1で見たように、60代が現役の時よりのん気なのは、仕事や家計、子育ての悩みから解放されるからであり、逆に70代には急速にのん気でいられなくなるのは健康の悩みからであることが明白であろう。

男女を比べると、各年齢における悩みの大きさをあらわす黒い部分の大きさが全体として女性の方が大きいことが図から見て取れる。

これは、「収入・家計・借金等」で女性の方が男性より面積が大きいことに示されているように、男性より女性の方が何かと気苦労が絶えないという理由が第一。

第二には、「家事」「育児」「妊娠・出産」、あるいは「自分の仕事」でなく「家族の仕事」「自分の病気や介護」でなく「家族の病気や介護」という女性に片寄って課せられているタスクによる悩みやストレスが大きいからである。

さらに、これに伴うものであろうが、家族あるいは家族以外との人間関係による悩みやストレスも男性より女性の方がずっと大きくなっている。

こうした悩みとストレスの総量の違いが、男性の方が女性よりのん気である原因であり、また結果であると言えよう。

高齢期には、男女ともに健康上の悩みが深くなることは確かであるが、作家の永井荷風は、高齢となると悩ませられる疾病や老衰がむしろ、深刻な精神的危機に陥るのを救っている面もあると、「生活の落伍者」「敗残の東京人」だという批評に対して反論している。

「さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるまい。数年来わたくしは宿痾に苦しめられて筆硯ひつけんを廃することもたびたびである。そして疾病と耄碌とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断なき者を救う道はこの二者より外はない。老と病とは人生に倦みつかれた卑怯者を徐々に死の門に至らしめる平坦な道であろう。天地自然の理法はすこぶる妙である」(「正宗谷崎両氏の批評に答う」(昭和7年)、『荷風随筆集(下)』岩波文庫 p.207~208)。