日本進出は「純粋に経済振興のため」

――顧客が成功すれば、その成果でTSMCも成長するというウィンウィンの関係を狙っていると。

実際に米中間で半導体摩擦が起きる以前の台湾の半導体産業は、中国ともうまく協力できていたのです。状況は大きく変わってしまいましたが。これからはTSMCの日本進出、産業連携によって日本での顧客である一流企業が超一流企業へと成長し、同時にTSMCも強くなるというのが理想的です。

米国の産業政策をみれば自国企業にばかり傾斜しているように見えます。インテルに対しての補助金政策など、いかにも今年の大統領選をにらんだ対策という感じ。TSMCの日本への進出、産業連携は、それよりもはるかに純粋に産業発展や経済振興のためだといえそうです。

TSMCは最先端技術に関しては台湾での開発・生産に力点を置くが、2022年12月の米国アリゾナ工場の建設記念式典で張忠謀氏が「グローバリゼーションはほぼ死んだ。自由貿易もほぼ死んだ」と述べたように、経済安全保障も重視しており、日本での展開は「台湾有事」の面からも注目されている。

今年4月3日の台湾東部地震でTSMCの台湾各地の工場は一部がパイプ破損などで稼働停止等の措置が取られたが、わずか2日後にはほぼ全面復旧した。半導体受託製造で6割のシェアを誇るTSMCの操業に支障が出れば、世界経済が混乱する可能性もあっただけに、地震による影響を最小限に抑え、業績悪化を食い止めた同社に対しての国際社会の評価は大いに高まった。

台湾では「五欠」(五つの不足)の深刻化が指摘されている。半導体工場の増え過ぎなどで水、電力、土地、現場の作業者、高度人材の五つが足りない現象を指す。TSMCは23年10月、台湾北部・桃園市で当局が拡張を進めるハイテクパークへの進出見送りを表明したが、直後に「五欠が遠因だ」との報道が流れた。

「黒船来航」を前向きにとらえてほしい

――対日投資拡大の背景としては、どれも重要な要素ですね。自社の足らざるを補うしたたかな戦略も秘めつつ、歴史的絆や共通の価値観を後ろ盾に共存共栄を目指しているように見えます。

熊本工場での大学学部新卒採用の初任給は28万円です。これに対し「黒船がやって来た」という日本メディアの報道もありましたが、「従来の方式が否定される」という後ろ向き思考と、「これを機に近代化を成し遂げるのだ」という前向き思考の、2通りの解釈が成り立ちますね。もちろん正解は後者でしょう。

どうやって日本は変わっていくのが望ましいのか。これを好機として根本的に変わっていかないとダメだと、前向き思考でとらえてほしい。