「国民一人当たり平等に500円」負担を少なく見せるウソ

第3に、最大の問題は、健康保険料に上乗せして徴収する子育て支援金制度にある。そもそも健康保険は疾病のリスクに備える社会保険であり、この保険料に負担金を上乗せすることは健康保険制度の本来の目的から外れており、単に「取りやすいところから取る」ものに過ぎない。

この健康保険料への乗せ分は、子どもを産み育てる現役世代の負担が大きく、高齢世代の負担は小さい点で不公正である。政府の試算(2028年度=令和10年度見込額)では、後期高齢者の健康保険料への上乗せ分は月350円となっている。

これに対して、被用者保険平均(サラリーマンやその扶養家族を対象にした健康保険)の上乗せ分は500円。それも保険料を払っていない被扶養者まで分母に入れて、見かけの負担額を低く見せた数字である。実際に保険料を負担している被保険者一人当たりでは月800円増と後期高齢者の倍以上になる。

また、被用者の場合、これに同額の企業負担分が加わり、合わせて1600円増になる(図表)。企業にとって労働者の社会保険料の引き上げは、賃金コストの増加であり、将来の雇用削減や賃上げ抑制の形で、結果的に労働者の負担増になる可能性が大きい。これらを無視して、「国民一人当たり平等に500円」という政府の説明は、意図的に被用者などの負担を少なく見せようとする、政府の作為的な操作の結果である。

出所=こども家庭庁資料により作成

医療保険財政自体についても、すでに前期高齢者納付金(※1)、後期高齢者支援金(※2)、介護納付金(※3)などの負担が重なり、すでに被保険者の保険料負担は大きい。その上に、今回の子育て支援金の上乗せは、医療保険財政を一段と圧迫する要因となる。

※1 健康保険組合が国へ65~74歳の前期高齢者の医療費のために納付
※2 後期高齢者(75歳以上)の医療費の一部分を74歳以下が支援
※3 40~64歳(介護保険の第2号被保険者)が加入する健康保険で保険料を納付

企業の健保組合などの保険運営者は、子育て支援金の「集金」を求められる一方で、その資金の規模や使い方は、子ども家庭庁が決め、口出しはできない。これでは健保組合などにとって実質的な税金と同じ仕組みだ。本来の保険者機能が発揮できず、有効な少子化対策に結びつけられない。

政府は、児童手当の大幅な拡充など、多額の費用を要する一方で、少子化抑制の効果に疑問がある政策の推進のために、肝心の子育て世代にも多くの負担を課すことは完全な筋違いである。それだけでなく、実質的な保険料負担が増えるにもかかわらず、仮に歳出改革と賃上げが実現するという仮定の下で、国民の「実質的な追加負担は生じない」とするのは、国民を愚弄する詭弁である。

なぜなら肝心の歳出改革の具体像は明確ではなく実現可能性に乏しい。また今年の春闘の高い賃上げ率は、今後の物価上昇と相殺され、実質ベースではほとんど増えない可能性も大きい。本来、実質賃金の引上げに不可欠な、生産性向上のための努力もほとんど行われていないからだ。

仮に、この少子化対策が、真に必要な実効性ある内容なら、そのための負担増は、高齢世代も平等に負担する消費税が望ましい。これから子どもを産む世代に、より多くの負担を課す少子化対策は本末転倒と言える。

出生率の低下は日本だけでなく、韓国、台湾、シンガポールといった東アジアの国々にも共通した現象である。いずれも過去の高い経済成長の結果、女性の急速な社会進出と家族の所得水準が大きく高まった点では、日本との共通性は大きい。女性の継続就労と子育ての両立が容易となるような働き方の実現や、夫婦別姓選択が許容されないなど、他の先進国と比べた周回遅れの旧来の制度の抜本的な改革が必要とされる。

なお、本稿は制度・規制改革学会の提言にもとづいたものである。

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