大自然から大都会への越境体験

話は北海道での少年時代に遡る。

元太くんは釧路生まれ、旭川育ち。祖父母が富良野で農業をしていたこともあり、遊びに行くと、いつも畑仕事を手伝い、野山で遊んでいたという。

「僕は小学生までずっと北海道で育ったので、もともと地方の暮らしになじんでいたというのがベースにあるんでしょうね。子どもの頃から自然と触れあって、与えられたおもちゃより、自分で工夫して遊ぶことも多かったです。環境には恵まれていたなと思います」

小学3年生からは野球を始め、冬はスキーもやっていたというスポーツ少年。その一方、読書が好きで、科学館に通うなど理科系の勉強にも興味があったという。

中学は自ら受験を希望し、旭川の国立に入った。しかし、その直後に転機が訪れた。

「中学1年生の5月に、親の仕事の都合で横浜に引っ越しをすることになったんです。学校は国立の中学校に編入しました。その引っ越しの経験が、僕にとってはすごく大きかったんです。北海道とは生活環境がまったく違うし、周囲の友人もすべて変わって、すごく刺激を受けました」

異なる環境に飛びこむと、こんなにも多くのことを学べるのか――そう気づいた元太くんは、その後、人生の岐路に立つたびに、越境し、新しい場所で新しいことに挑戦する道を選ぶようになる。

研究に夢中になり、学校の授業に興味を失う

高校は前述のように横浜サイエンスフロンティア高校へ進学。科学に興味を持つ生徒が集まる刺激的な環境だった。しかし、元太くんは通常の授業に飽き足らず、北海道大学が高校生向けに行っている「Super Scientist Program」(北大SSP)に応募した。北大SSPとは、地球規模の課題解決に取り組む研究者の育成を目的としたプログラム。そこで彼が選んだテーマは、「北極圏トナカイの周遊経路の年次変化に関するリモートセンシングによる研究」だった。

「人工衛星が撮影した地球の画像データを使って、北極圏に生息しているトナカイの周遊経路がどう変化しているかを探るというものです。すごく好奇心の持てるテーマで夢中になりました。ただ、時間がかかる研究だったので、学校の授業にはあまり出なくなっちゃったんですけど……」

研究は島根に留学してからも続け、アメリカのニューオーリンズで開催された学会や、東京で開催された「国際北極研究シンポジウム」で発表を行うことになる。

写真=本人提供
国際北極研究シンポジウムにて