「環境への影響なし」に別の「全量戻し」で対抗

その後、国交省は2020年4月、南アルプス・リニアトンネル工事に伴う大井川の水環境問題を議論する有識者会議を何とか立ち上げて、それまでの県地質構造・水資源専門部会の議論などの検証を始めた。

2021年12月、第13回目の国の有識者会議は、①トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される、②トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は極めて小さい――とする中間報告をまとめた。

写真=国交省提供
大井川中下流域の水環境への影響はないとの結論を出した国の有識者会議

つまり、国の有識者会議は「リニア工事による大井川中下流域への水環境への影響はない」と結論を出したのだ。これでリニア問題は解決へ向けて大きく前進すると思われた。

ところが、静岡県は「工事期間中も含めトンネル湧水の全量戻しが必要であるとの認識の上で、工事中のトンネル湧水の全量の戻し方について解決策が示されておらず、水温を含む水質への影響、発生土の処理方法などの議論も十分行われていない」などとした上で、「現状では、南アルプス工事を認める状況ではない」との見解を示した。

翌年2022年1月20日、流域10市町長らが加入する大井川利水関係協議会が開かれ、この見解が全会一致で認められてしまった。

県の見解にある「工事期間中」とは、静岡、山梨県境付近での工事期間中を指す。

もともとは南アルプスのリニアトンネル工事中、工事後に大井川の流量が毎秒2トン減少することに対して、川勝知事は「全量戻せ」を唱えた。

その後、JR東海が毎秒2トンの全量を戻すと表明すると、県境付近の工事期間中の湧水減少を問題にして、川勝知事は新たな「全量戻し」を求めた。

リニア問題の争点がどんどんずれていった

この辺りから、リニア議論が非常にわかりにくくなった。

新たな「全量戻し」と従来の「全量戻し」がごちゃ混ぜとなり、一般の人たちはいったい何が違うのかわからなくなったのだ。

県専門部会で、JR東海は、作業員の命の安全を確保するために県境付近では山梨県側から上向きに掘削するとして、約10カ月間の県境付近の工事期間中は、最大500万トンの湧水が山梨県へ流出することを説明していた。

「生命の安全」か「水一滴」かの議論の最中にもかかわらず、最大500万トンの湧水流出に対して、川勝知事は、静岡県の湧水は一滴も県外流出することを認めないとして、「県境付近の工事期間中の全量戻せ」を主張したのである。

一方、国の有識者会議は「県外流出する最大500万トンは非常に微々たる値であり、中下流域の利水上の影響はほぼない」とする見解を示した。

しかし、県は「最大500万トンの全量戻し解決策が示されていない」と強硬に主張した。これで、「中下流域への影響なし」とする有識者会議の結論そのものが何の意味も持たなくなってしまった。

結局、川勝知事の求める「県境付近の工事期間中に山梨県へ流出する湧水の全量戻し」がリニア議論の焦点となった。