アスペジ社は自社独自の刺繍技術をベースにした製品を武器に、コモの企業は技術はとくに独自のものではないが市場のトレンドをなるべく早く感じさせる動きのよさを武器に、ともにファッション性の高い布地の分野で異なったタイプの勝負をしてきた企業だった。前者の経営者は、「この地域の伝統的技術にわれわれ独自のイノベーションを加えて、誰にもマネのできないファッション性の高い製品を出せば、今後も大丈夫」という。後者の経営者は、「市場が縮小すると、動きの早さで勝負してきたわれわれにはつらい」という。単純に区分けをすると、技術のベースに自信のある経営者はこの大不況にも前向きで、市場の動きに機敏に対応することで成長してきた経営者は大不況にまいっている、ということになる。

もちろん、それは単純化しすぎなのだが、しかしアスペジ社の経営者の言葉には、どこか結論のたしかさを裏打ちするような「真実の響き」があった。自分の曽祖父が刺繍加工の企業を創業し、「まだ若い100年足らずの会社です」とホームページで自己紹介している。父親は家業を経営者としては継がずに古代言語学専攻の大学教授になったが、しかし家業の現場にはずっと関与してきて、その父に育てられた3人兄弟が今経営を担っている。

「デザインドリブンイノベーション」とは

インタビュー冒頭の言葉が、私たちを驚かせた。「わが社の成長と停滞の歴史は、その背後のイノベーションの歴史でした」。私たちは、ファッション布地の企業を訪問したのである。そこで技術のイノベーションがもっとも大きな成長の原動力だった、とのっけから聞かされた。

そのイノベーションとは、刺繍を多様に使って面白いデザインや風合い、手触りの布地をファッション性高く、しかも工業生産するための、新しい刺繍技術を用いた機械の開発であった。もちろん、デザインが済んだあとの最初の1枚の試作は手作りである。しかし、その試作がいいものであっても、それを工業生産できなければ商品にはならない。そのためには、その試作品と同じものを作れる機械がなければならない。

誰にもマネされないように、自分で近くの機械メーカーと共同で新種の機械を開発し、しかもそれに取り付けるさまざまな部品は自分たちだけで作って試す。だから、機械を納入したメーカーも驚くような布地が作れるようになる。同じ機械を同業者が買っても、同じ布地は作れないのである。