「1億円を返せ」なぜ地裁も高裁も認めなかったのか

教団を辞めた後も苦悩から解放されるわけではありません。教団側の指示とはいえ、かつて信者時代に良心の呵責かしゃくを覚えながら多額献金をしたことを思い出すたびに、自分自身の心が傷つけられていきます。その精神的苦痛は計り知れないものがあります。

中野さんが旧統一教会に返金を求めて2017年3月に提訴しました。ところが、教団は「(中野さんの)父親が委任状を書いた」として、「母親に自分名義の金融財産の処分をすべて委ねた」という主張を始めたといいます。

「提訴してから2年経った時に、突如そういうことを言い出したのです。でも、実際には委任状はありませんでした。(資産のあった)証券会社からは、そういったもの(委任状)は一切出てきていません。つまり、この主張自体が虚偽でした。悪質性という点では、Aさんのケースと似たようなことをされました」(中野さん)

最高裁判所(写真=Big Ben in Japan/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

裁判はどうなったのかといえば、地裁(2021年5月)の判決に続き、高裁(2022年7月、安倍晋三元首相銃撃事件の前日)でも敗訴します。裁判長は、教団側の依頼により彼女の母親が「献金は私が自由意思で行ったもの」という念書を書き残したことを判決の根拠としました。「念書が有効であるという理由で、高等裁判所で敗訴しています」(立憲民主党・山井和則議員)。中野さんの母親が署名した念書にはこう書かれていました。

〈私がこれまで世界平和統一家庭連合に対して行ってきた寄付ないし献金は、私が自由意志によって行ったものであり、貴団体職員ないし、会員等による違法・不当な働きかけによって行ったものではありません。よって貴団体に関して、欺罔・強迫、公序良俗違反を理由とする不当利得に基づく返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わないことをここにお約束します〉

教団側はその時の母親の様子をビデオで撮っていたといいます。敗訴を到底受け入れられなかった中野さんはただちに最高裁に上告しているのですが、この最高裁判決に一定の影響を与えるのではないかと言われているのが、岸田文雄首相が2022年11月29日の衆議院予算委員会にて、以下のように述べた内容です。

「寄付の勧誘に際しての法人等の不当勧誘行為により、個人が困惑した状態で取消権を行使しないという意思表示を行ったとしても、そのような意思表示の効力は生じないと考えられる。むしろ、法人等が寄付の勧誘に際して、個人に対し、念書を作成させ、あるいはビデオ撮影をしているということ自体が、法人等の勧誘の違法性を基礎づける要素の一つなり、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」