海保の元水泳教官も「浮いていられない」

しかし、この結果はあくまで実験環境下で出たものだ。海ではプールより体が浮きやすいうえ、波も人工的に起こしたものとは異なるかもしれない。そう考えた遠山さんたちは、次に海での実証実験を行ったが、結果は同じだった。このとき海に入ったのが江口さんで、Xの動画もその際に撮影したものだ。

「背浮き」「イカ泳ぎ」動画にも登場した、日本水難救済会常務理事の江口圭三さん。現在59歳で、昨年まで海上保安学校長。長く海上保安大学校の水泳担当教官も務めた 撮影=プレジデントオンライン編集部

「その日の海は静かで、波の高さは5cm程度でした。それでも顔に海水がかかってしまい、1分も姿勢を保てませんでした。やはり大の字背浮きで救助を待つのは危険だと実感しました」(江口さん)

ちなみに江口さんは、海上保安大学校で水泳担当訓練教官として長く指導に携わり、海上保安学校長も務めた人物。同校では毎年6〜7月は、午後の授業はほとんどが水泳訓練で、学生たちは1日におよそ10kmもの距離を泳ぐ。

そんな江口さんでもできなかった大の字背浮き。子どもにとってはなおさら難しいだろう。ライフセービング協会の調べによれば、小学生のおよそ70%は、浮き具がなければ静かなプールでも大の字背浮きができないという。

お勧めは「イカ泳ぎ」

では、適切な浮き方とはどんなものなのだろうか。遠山さんは「自分に合う泳法で浮くことが大事なのであって、大の字背浮きがいけないわけではない」と前置きしたうえで、昔から救助を待つ間の浮き方として知られてきた「エレメンタリー・バックストローク」を挙げた。

「私たちとしてはこちらを広めたいと考えました。しかし、この名前では覚えにくくて広まらないのではと思い、私たちのほうで勝手に『イカ泳ぎ』と名付けたんです。『形からいえばタコ泳ぎだろう』『いやクラゲなんじゃないか』といった意見も出ましたが、最終的にはイカで全員一致しました」

そして江口さんが「イカ泳ぎ」を実践する動画をXに投稿したところ、これも注目を集め、閲覧数は780万回以上にも上った。

イカ泳ぎの最大のメリットは、頭と顔がしっかり海面の上に出ること。こちらも海での実証実験は江口さんが行い、「顔に波がかからず呼吸ができ、Gパン、ポロシャツ姿でもあまり体力を使わずに長い時間浮いていられた」と実感を語ってくれた。さらに、ただ浮くだけでなくゆっくり進み続けられるため、救助を待ちながら陸に上がれる場所やつかまる場所をめざすこともできる。

日本水難救済会が作成した「イカ泳ぎ」の解説

気持ちを落ち着け「救助を待つ」

海に落ちたり流されたりしたときの対処法には、4つの手順があるという。第一に気持ちを落ち着けること。第二にイカ泳ぎで「救助を待つ」こと。第三に浮力のあるものを確保すること。最善策はライフジャケットを着ておくことだ。ペットボトルは浮力が不十分であり、クーラーボックスは保持する腕力が続かず、いずれも波のある海で長時間つかまっているには限界がある。