天然ガスの安定供給が不可欠だが…

化学工業とは、原料を化学反応によって加工し、それで得られた物質を製品化する工業である。化学工業の中には、原料としてガスを用いるガス化学工業がある。具体的には、硫酸工業やアンモニア合成工業などがあり、アンモニアやメタノール(メチルアルコール)、アセチレンなどが天然ガスを原料として作られる。

また幅広い意味では、化学製品の合成を目的とする石油化学工業(燃料油などの石油製品は除く)も、ガス化学工業に含まれる。それ以外でも、化学工業では、工場での自家発電の燃料として天然ガスが使われることが少なくない。化学工業にとっては、天然ガスの安定調達こそが、生産を行ううえで何よりも重要な要素となる。

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その天然ガスの価格が、ヨーロッパでは2021年後半から上昇していた。コロナショック後の急速な景気の回復や、異常気象の影響(春季が冷涼だったため冬季のガス備蓄が遅れたこと)の影響に伴うものだが、それに追い打ちをかけるように、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が発生し、天然ガス価格がさらに急騰した。

ヨーロッパの天然ガス取引の指標となるオランダTTFは、ピーク時である2022年8月に一時340ユーロ/MWhまで価格が上昇したが、2023年7月24日現在の終値は30.6ユーロ/MWhまで価格が低下し、2021年前半の水準まで落ち着いた。しかしドイツの産業用ガス価格(生産者物価ベース)は、依然として歴史的な高値圏にある(図表2)。

そもそもTTFは、ガス事業者間の取引価格である。そのため、TTFの価格の低下が産業用ガス価格や家庭用ガス価格に波及するまで、タイムラグがある。高止まりしているドイツの産業用ガス価格も、しばらくすれば価格が低下すると見込まれるが、その水準がコロナショック前に戻る展望は描けず、化学工業の苦境が続くと予想される。