英国議会開会式で感じられた議会政治の理念への共感

本書を初めて読んだ時に、冒頭近くに出てくる次のような記述に強い印象を受けた。それは、天皇陛下が昭和58年(1983年)6月21日にロンドンに到着された翌日に、英国議会の開会式の様子を初めてご覧になった時の描写だ。

「式は、エリザベス女王陛下、御夫君ごふくんのエディンバラ公フィリップ殿下のご臨席のもとに、上院(貴族院)においておごそかに行われた。まず、きらびやかな礼装に身を包んだ上院議員が整列する中、きわめてフォーマルな装いの女王陛下とフィリップ殿下が入場される。やがて、女王陛下からの使者が下院(庶民院)に赴き、発声とともにドアを叩く。下院では開けたドアを使者の前で閉めてこれを拒絶すること二回、三回目にようやく開け、下院議員が上院に向かう。いわば女王陛下の使者に三顧の礼をつくさせるわけであるが、私はこの一連の所作に、ピューリタン革命にまで遡る、王権から自立した、議会を主体とする政治の理念が表されている思いがした。ほどなく式場に現れた下院議員の服装は平服である。その中には、サッチャー首相の姿もあった」

上院議員の貴族たちは「きらびやかな礼装」であらかじめ議場に整列してエリザベス女王陛下、フィリップ殿下をお待ちする。一方、民意によって選ばれた下院議員たちは、あらかじめ整列するどころか、女王の使者の呼び出しを二度までも拒絶。三度目にやっと応じるも、フォーマルな装いの女王陛下の前にもかかわらず、平然と平服で姿を見せるという。

これはもちろん、お約束に基づく儀礼的なパフォーマンスだが、当時、23歳だった天皇陛下はその様子をご覧になって、「王室に対して何と非礼な態度か」と不快に思われるのではなく、逆に好感を持たれたようだ。「王権から自立した、議会を主体とする政治の理念」への共感が伝わる記述になっている。

天皇陛下ご自身が、普通には「王権」側の人間と見られかねないお立場であることを考えると、このような記述から、かねて身につけておられた民意を尊重し、議会政治の理念を大切にしようとされるご姿勢を、読み取ることができる。

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ロンドン警視庁が警護官を派遣

天皇陛下が英国で過ごされた2年間を、日本国内におられる時には考えられないほど自由な日々にした見逃せない条件の一つとして、現地の警察官が陛下の身辺警護にあたった、という事実を挙げることができるだろう。

もちろん、陛下をさまざまな面でお支えするサポート態勢は、日本側で整えていた。しかし、常にお側に張り付く警護官は、現地のロンドン警視庁から派遣された警察官だった。

このことは、陛下が普通の学生生活に少しでも近い自由を満喫されるために、大きな意味を持ったはずだ。