技能実習先から逃げ出した“ボドイ”たち

――今回の『北関東「移民」アンダーグラウンド』は、おどろおどろしい装丁ですが、よくあるアングラ暴露本ではなく社会問題をまともに扱った「濃い」ノンフィクションでした。在日ベトナム人といってもいろいろな人がいると思いますが、どんな理由で日本に来ていることが多いんでしょうか。

【安田】在日ベトナム人労働者は今45万人くらいいるんですが、そのうちの半数弱が技能実習生です。次に多いのが留学生の労働者で約11万人。建前はともかくとして彼らは実質的に労働者です。

――技能実習制度の本来の目的は、「発展途上国の若者らに日本の優れた技能や技術を学んでもらい、母国に持ち帰って母国の発展に寄与すること」でしたよね。

【安田】本当に日本で学ぶことを目的として来ているのはごく一部です。どうやらボドイ(ベトナム語で「兵士」の意)と自称する技能実習先から逃亡した不法滞在者のベトナム人たちが存在することは、以前から知っていました。コロナが始まったばかりの2020年5月くらいから、日本にいる外国人が干上がっているという話を聞き、各地を取材すると、そのボドイたちの困窮や暴走が見えてきたんです。

同年の夏あたりから、北関東を中心に豚などの家畜が盗まれる事件が相次ぎましたが、いつも取材の際に通訳をしてもらっているベトナム人のチー君が、テレビで放送されている監視カメラの映像を見て、「安田さん、これベトナム人ですよ」と言ったんです。たしかに、いまの自分ならチー君と同じことを思ったはずです。

撮影=プレジデントオンライン編集部
プレジデント社でインタビューに応じる安田峰俊氏

――報道されていた監視カメラの映像には顔にモザイクがかかっていたはずですが、なぜベトナム人だとわかるんでしょうか。

【安田】豚を抱えて歩いている姿がもうベトナムの労働者っぽいんですよね。ちょっとモサッとした感じというか。あとは短パンにTシャツという服装ですよね。「真面目に」窃盗をやる人は、こんなラフな格好はしない。その後、2020年の10月26日に「群馬の兄貴」が逮捕され、北関東に多くいるボドイたちを取材するようになりました。

車を線路上に放置し、列車が衝突し炎上する大事故

――「群馬の兄貴」は連続家畜窃盗事件の主犯格の疑いがあるとして逮捕されたボドイですね。結局、同事件との関連は認められなかったようですが。

【安田】そこから「群馬の兄貴」が住む兄貴ハウスなど、ボドイたちが共同生活をしている隠れ家にアポなしで突撃を繰り返すようになりました。ベトナム人が好みそうな、ビール、米、アヒル、ライギョなどを持って、「一緒にどう?」と言えば、アポなしかつ初対面でもそのまま家に上げてくれるんですよ。そういうことを続けていたら、何気なくニュースで見かけた事件が、「これ、もしかしたらボドイの仕業じゃないか」とわかるようになってきたんです。

――本書にも登場する2021年3月に起きた列車衝突事故も、状況を記した新聞記事から「ボドイの仕業」とすぐにわかったそうですね。

【安田】そうですね。これは、無免許運転の車がJR常磐線のフェンスを突き破って線路上で立ち往生して車をそのままにして逃走し、そこに常磐線普通列車が衝突し炎上。首都圏の幹線である常磐線の一部が、2日にわたってまひしたというかなりの大事故です。

新聞によれば、事故を起こした車両はその日後部ライトを付けずに走っていて、警察に追跡されていました。速度を上げて逃げ切るも線路に突っ込み、車両を放置して逃走しています。もう、この報道を見ただけで「ボドってる」感じを受けたんですよね。普通に考えれば、線路上に事故車を放置して立ち去るなんて、明らかに悪手です。