「ひとつの国でたった25回しかワクチンが投与されていない国もある」

2021年1月、COVIDワクチンの提供がはじまるなか、WHOの事務局長は執行理事会の冒頭で厳しい評価を口にした。「少なくとも49の所得が比較的高い国で、3900万回分をこえるワクチンがすでに投与されました」とテドロス・アダノム・ゲブレイェソス博士は述べる。

「最低所得国では、ひとつの国で25回分しか投与されていません。2500万回ではなく、2万5000回でもなく、たったの25回です」

その年の5月には、テドロスが警告していた格差は新聞の一面を飾るニュースになっていた。「パンデミックはふたつに分かれた」という見出しが「ニューヨーク・タイムズ」紙に出る。

「一部の都市では死者がゼロ。ほかでは数千。ワクチンが富裕国へ流れていくなか、パンデミックの断絶は引きつづき広がっている」。WHOのある職員は、この格差を「道徳的に非道な状態」として公然と非難した。

こうした例はいくらでも挙げられる。2021年3月末の時点で、アメリカ人の18パーセントがワクチン接種を完全に終えていたが、この数字はインドでは0.67パーセント、南アフリカでは0.44パーセントだった。7月末にはアメリカでは50パーセントまで急増したが、インドではわずか7パーセント、南アフリカでは6パーセント未満にとどまっていた。何よりひどいのは、富裕国の重症化リスクが低い人が、貧困国のリスクがはるかに高い人よりも先にワクチン接種を受けていたことだ。

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コロナウイルスは国際保健における最悪の不平等ですらなかった

これを目のあたりにした多くの人は、こうした状況に憤慨しショックを受けた。命を救えるワクチンが世界に何十億回分もあるのに、どうしてその分配がこれほど不公平なのか。抗議者がデモをし、政治家は心のこもった演説をしてワクチンを寄附すると約束した。

しかし国際保健の世界で仕事をする人たちの反応はちがった。もちろんみんなCOVIDをめぐる不公平に怒ってはいた。けれども、COVIDがほかと無関係に起こったわけではないこともわかっていた。COVIDは国際保健における唯一の不平等とはとてもいえず、それどころか最悪の不平等ですらなかったのだ。