「世界の穀倉地帯」からの脱却を目指す世界の流れ

ウクライナの穀物の問題は、代替輸送だけにとどまりません。今年秋以降の作付けが減少する見通しであるというのです。激しい戦闘が続いているウクライナ東部は穀物の産地でもあります。

出典=Ukraine, Moldova and Belarus - Crop Production Maps,USDA

ウクライナ農業食料省によると、戦争による作付けの遅れや肥料等の生産資材の不足により今年のウクライナ穀物の収穫は、25%~50%減少するということです。図表2のようにウクライナの小麦の生産は、東部の割合も多いためたとえ代替ルートが確保されても今後のウクライナの穀物生産は、不安定化することが予想されています。実際、南東部ザポリージャ地方にロシアが樹立した政権は7月始め、中東などに穀物を売却することで合意したと表明しています。

今回のロシアによるウクライナ侵攻に絡む食料問題で最も特筆すべきは、「世界の穀倉地帯」ともされるウクライナやロシアの穀物へ依存する食料システム自体を見直すという議論が世界全体で巻き起こっていることです。

ウクライナやロシアは冷戦終結した1990年代以降、グローバル化の中で穀物輸出を増やしてきました。両国が穀物輸出を増やした背景には、肥沃な国土地帯が分布していること、その大地に欧米から国際的アグリビジネスが参入し、最新の農業技術や農業機械が導入され、農業生産量が安定的に増加したこと等がありました。

2010年代になると両国は世界の穀物市場において新興の穀物輸出国として認知されるようになり、わずか数十年で小麦の世界の輸出量の約3割、トウモロコシの2割のシェアを誇るまで急成長しました。ウクライナの穀物輸出も急拡大し、2010年の1400万トンから、2020年には5200万トンまで急増しました。両国の穀物価格は、既存の輸出国である米国や豪州産に比べて安く、裏を返せばその安い穀物に依存する国々を増やしてきた訳でもあります。

スーダンではパンの値段が倍になって貧困家庭を直撃

両国に穀物を依存してきた国々では、食料価格が上昇し貧しい家庭を直撃し始めています。

すでにアフリカのスーダンではパンの価格は2倍になり、レバノンでは70%上昇しています。また中東諸国では、小麦輸入を国家が補助しており、価格高騰で財政を圧迫している状況もあります。所得の60%を食料に費やす最貧困層には、少しの価格上昇が壊滅的な影響を及ぼしてしまうのです。

幸いにして、日本は小麦の大部分をアメリカやオーストラリアから輸入しているので、現在のところ小麦製品がいきなりスーパーの棚から消えるといったことは起きていません。しかし日本の穀物輸入量は世界の穀物貿易量の約1割を占めており、じわじわと穀物価格高騰の影響を受け始めています。また中東やアフリカ諸国もこれまで割高なため購入してこなかったアメリカやオーストラリアの小麦の買い付けを始めており、今後日本はこれまでのように穀物を安定的に輸入できない可能性が高いと言えます。