養蚕に力を入れられた上皇后美智子さま

平成時代の皇后であられた上皇后陛下(美智子さま)は、とりわけご養蚕に熱心だったことが知られている。

ご養蚕は通常、5月初旬に孵化ふかしたての蚕を蚕座さんざ紙の上に掃き下ろし(掃立はきたて)、ご養蚕の豊作の祈る神事「御養蚕はじめの儀」からスタートする(今年は5月11日に行われた)。それからご給桑、上蔟、さらに出来上がった繭を蔟から外す「収繭しゅうけん(または繭掻まゆかき)」(最初の作業を“はつ繭掻き”という)。そして締めくくりの神事「御養蚕おさめの儀」(昨年は7月8日)という流れになる。

上皇后陛下はご公務の合間を縫って、若い飼育助手らと一緒に、桑の葉を摘んだりもされた。ご養蚕にちなんだ御歌みうたも多く詠まれており、これまで公表されたのは9首ほどある。ここではその中から1首だけ紹介しておく。

葉かげなる 天蚕てんさん(蚕の一種でクヌギなどを食べる)は深く 眠りて くぬぎのこずゑ(梢) 風渡りゆく

蚕へのお優しい愛情を感じさせる。

蚕糸業の衰退と皇后陛下のお務め

ところで、皇室におけるご養蚕の意味は、当初とは大きく変化している。と言うのは、時代の推移によって、かつては輸出品の花形だった蚕糸業は、今や激しい衰退に直面しているからだ。たとえば養蚕農家の数は、昭和4年(1929年)のピークには221万戸だったのが、平成元年(1989年)に5万7230戸、令和2年(2020年)の時点ではわずか228戸(!)にまで激減している。(農林水産省「蚕糸業をめぐる事情」令和3年[2021年]6月)。

こうした状況を直視すると、令和における皇后陛下のご養蚕は、遠く古代に由来し、近代化の進展にも大きな役割を果たした伝統ある生業を、資本主義的な経済合理性とは違う次元に立って、皇室ご自身の真摯なご努力によって守り、後世に伝えようとされているように感じられる。

異例だった“家族総出”の養蚕作業

ところで、6月1日のご養蚕の作業には、皇后陛下だけでなく、天皇陛下と敬宮としのみや(愛子内親王)殿下もご一緒されていた。その前の5月19日のご給桑には、天皇陛下が参加されていたのだが、こちらは“家族総出”で取り組まれたのだ。これは、宮中でのご養蚕としては全く異例の出来事だろう。

平成時代に、上皇后陛下の収繭作業に上皇陛下がご一緒された例はあった。しかし、このようなご家族総出というのは前例がないのではあるまいか。

この時は、皇后陛下のご体調が整わず、前日に予定されていた作業が1日、延期されたという事情もあった。そのため、ご体調が万全でない皇后陛下への、天皇陛下と敬宮殿下のお心づかいによる協働作業ということが、まず言える。

ただそれに加えて、敬宮殿下ご自身が生き物好きでいらっしゃるという事実も見逃せない。

敬宮殿下は学習院初等科3年の時から、毎年、お住まいで個人的に蚕を卵から孵化させて飼育してこられたという。若い女性に限らず、芋虫いもむしのような蚕を嫌がる人は、意外と多いかもしれない。しかし、敬宮殿下にそのような拒否反応はない。宮中におけるご養蚕の由来についても、両陛下から学んでおられるはずだ。

写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです