8割が半人前で脱落する厳しい現実

それでも2人は、まだ恵まれているほうなのかもしれない。元美容師の小塚和幸さん(仮名・36歳)は「15年前に美容師になったときの初任給はわずか13万円。年収ベースで150万円ちょっと。親から仕送りしてもらって食いつないでいた」と憤る。でも、給与をもらって修業させてもらっている身では文句をいいづらい。

かといって、一人前のスタイリストになっても、処遇が大幅に改善されるわけではない。店長である佐藤さんの現在の年収は300万円ほど。竹内さんにいたっては260万円にすぎない。芸能人からご指名がかかり、年収1000万円以上を稼ぐような“超カリスマ美容師”は数えるばかりなのだ。

結局、こうした“蟹工船”のような労働環境に嫌気がさして、途中で挫折してしまうケースが後を絶たない。小塚さんは「美容専門学校の同期だった仲間の8割はスタイリストになる前に辞めていった」と指摘する。

美容室の世界は不思議なもので、それでは下働きのスタッフが不要なのかというと、そうでもないのだ。単純な話、超カリスマ美容師がたった一人でやっている店があっても客は寄り付かない。何人ものスタッフに囲まれながらサービスを受けることで客は満足感を得るものなのだ。それゆえ、彼らを引き留める“装置”が必要になる。

小塚さんにいわせると、「その一つがチェーン展開などによる多店舗化」だ。もし「辞めたい」といってきたスタッフがいたら、「新規オープンする店にいけば気分転換にもなるし、違う店長や先輩から技術を学ぶこともできるから」といった慰留工作ができる。

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明暗を分ける美容院オーナーの毎月の給与

そうやって、一定水準の技量を身に付けたスタイリストと新人スタッフに現場を任せていけば、トータルの人件費は少なくて済む。それに伴って損益分岐点が下がり、オーナーがすする上澄み部分の利益がどんどん膨らんでいくカラクリなのだ。どうやら伝説は、「多店舗化しているオーナーなら」という条件がついたときに、現実のものとなるようだ。

このことを裏付けるデータが右のグラフだ。1店舗のみのオーナーの場合、月収49万円以下が全体の6割近くも占める。逆に複数店舗のオーナーは100万円以上がほぼ6割。さらに180万円以上も1割近くいるのだ。

佐藤さんと竹内さんの夢は「自分の店を持つこと」。少ない給与をやりくりしながら、毎月コツコツと貯金している。そんな健気な話を聞くと床屋派のオジサンも、美容院に行ってみようかなという気になってしまう。頑張れ、未来のカリスマ美容師!

(坂本道浩=撮影)