生まれ変わったらヒツジになりたいというのも、私は、眞子さんへの隠されたメッセージではないかと考えてしまう。
眞子さんと一緒に行った海外旅行で、ヒツジの群れを見たことがあったのではないか。そこで父親は、ヒツジの可愛さを彼女に話し、自分は生まれ変わったらヒツジになりたいといった。
「羊と吉祥は同一と見なされ,(中略)善行, 善良, 慈善の“善”もまた『羊』に由来する漢字である。(中略)『羊』は美のシンボルであると同時に, 富と吉祥のシンボルでもある」(鄭高咏「羊に関するイメージ一考察 中国のことばと文化」より)というような蘊蓄も語ったのかもしれない。
「ヒツジになりたい」という言葉に込めた思い
ヒツジという言葉には、眞子さんへの父親が込めた“思い”があり、眞子さんにしか分からないメッセージではないのか。
「眞子よ、あの時語り合った、人間としての生き方の美しさや善とは何かを思い出せ」といいたいのではないか。
AERA(5月30日号)でコラムニストの矢部万紀子は、このくだりについて、
「幼い頃、ペットのヒツジを可愛がっていたという秋篠宮さまだとしても、余りに切ない」と書いている。
一人の人間としての切なさ、父親として娘を思う切なさ、それを秋篠宮はヒツジに託し、娘に伝えようとしたのではないか。
この本を読んだ眞子さん、小室圭さんは、秋篠宮からのメッセージをどう受け取ったのだろうか。眞子さんは、父親がいわんとしていることを理解し、何らかの返事を送ったのではないか。そう思いたいが……。