九州男児の夫
一家で九州に移住する前、近藤さんは夫と話し合いをした。テーマは、「子育てと介護の両立はできるのだろうか」。そうした中で、夫が「最後まで家で面倒をみたい」と口にすることがあり、いつかは義母と同居して介護をしないといけなくなるかもしれない、と近藤さんは思ったという。
何度目かの話し合いで、夫は義母の生い立ちを話し始めた。
義母の人生は波乱に満ちている。幼い頃に父親を亡くし、母親は再婚。そのため、義母は親戚の家で育てられた。成人した後、1度目の結婚では子供ができる前に夫を亡くし、再婚。近藤さんの夫の父親であるその人も、夫が幼い頃に亡くなった。女手ひとつで夫と義妹を育て、2人とも高校卒業後に家を出たため、それからずっと1人で暮らしてきた。
「父さんが早くに亡くなって、母さんはずっと1人だった。だから最後くらいは家族で過ごさせてあげたい。最期まで家で面倒をみてあげたい」
これを聞いた近藤さんはこう話す。
「夫の大切なお母さんだから、夫がそこまで思っているなら、私も夫に協力してあげたい。そう思うことで、九州への移住も、義母の介護をすることも受け入れることができました」
ところが、実際に九州に移住してみると、真剣な表情で母親への思いを語っていた夫はどこへやら。子育てばかりか介護まで近藤さんに丸投げ状態が続き、よくケンカになった。
「立派なことを言っていた割に、夫は介護も子育ても“頼めばしてくれる程度”で、『介護や子育ては嫁の仕事』という雰囲気。特に介護は協力的ではなかったですね」
“九州の男性”だと十把ひとからげにしてはいけない。しかし、自分の母親の介護を、幼子を抱える妻1人に任せっぱなしというのは、あまりにも無責任だ。
近藤さんは当初、「夫は仕事があるから、平日の日中は介護をしたくてもできない。だから私が頑張ろう」と思うようにした。だが、夫は休みの日でもゴロゴロしながらスマホをいじっている。
そんな夫の休日、義母宅に出入りしているなじみのヘルパーさんから、「お義母さんがいない。家は鍵がかかっている」と連絡が入る。
近藤さんは、寝転がっている夫にお願いをした。
「もしかしたら(義父などが眠る)お墓に歩いていったのかもしれない。あと、家の中で倒れてるといけないから、(義母の家を)見てきてくれない?」
だが夫は、素直に動こうとしない。「えー。心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと帰ってくるでしょ」。
まだ義母には迷子の心配はなかったが、持病もあるので倒れている可能性もゼロではない。それよりも、ヘルパーさんが来ているのに、義母がいないことで介護サービスを受けられないとなると、ヘルパーさんにしてもらう予定だったことを近藤さんがしないといけなくなるのを避けたかった。
しかたなく近藤さんが出かける準備をし始めると、「そんなに張りきらなくてもいいよ」と夫は言う。カチンと来た近藤さんは、「『最期まで家で面倒をみる』と、偉そうなことを言っていた割に、どうしてそんなに他人任せなの?」と声を荒らげてしまった。
ケンカの末に近藤さんが義母宅へ行くと、義母は家の中にはおらず、どこかへ出かけた模様。ヘルパーさんには帰ってもらうしかなく、依頼していた義母の夕食準備は、近藤さんがする羽目になった。
また別の日、義母がデイサービスに持っていく物の準備を近藤さんが夫に頼むと、「面倒くさいなあ。それって今日しないといけないの?」とぼやく。そのため、「私はいつもしてるよね?」とまたケンカに発展。
「仕事が休みの日に育児も介護もせずゴロゴロされると、さすがにイライラしてしまいます。育児も介護も、休みがないのに……。しかも育児は、私と夫2人の子なので、私の子でもありますが、義母は私のお母さんではなく、夫のお母さんです。『最期まで面倒をみる』と自分から言ったのに、『なんで私ばかりなの?』と思いました」