3年後の11年8月の代表選で、野田佳彦は4つの試練の教訓を忘れていなかった。

不屈の闘魂で勝負の出番を待ち、ポスト菅の代表選実施が確実になると、迷わず真っ先に出馬を表明する。挙げた手は最後まで降ろさず、勝利を握った。

代表選で武器となったのが得意の演説力だった。「非世襲、大組織なし、資金力なし」の野田は、駅前演説が政治活動の原点である。県議選に出た87年10月から財務相就任の10年6月まで23年8カ月、船橋周辺の駅前で毎朝欠かさず街頭演説を続けてきた。