河野は咳払いをした。
「だからさ、高橋、オレが言いたいのは、子どもたちを招待して席を作ることは不思議でも何でもないぞってことなんだよ」
そう言って河野が席にいた男たちを見まわした。
そこにいた人たちは誰もが納得した表情をしていたし、亡くなった長谷川浩も愉快そうだった。
大人がレガシーを創るのではない
高橋は「ありがとう」と言いながら頭を下げた。
「ほっとしたよ。ありがとう、河野、川添さんもありがとう。ヒロシ、よかったな。ウインドサーフィンは幸せだ。ありがとう。けどな、大役だぞ。お前が直接、海岸で子どもたちの世話をするんだ。いいな。それと、これはお前のアイデアってことにしとけ」
長谷川は「先輩のアイデアじゃないですか」と言った後で、「でも、ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。ありがとうの連発の席だった。
こうして、もうひとつのレガシー、子どもたちのためのゾーン、「未来ゾーン」ができることになった。名づけたのはECCの社長、山口勝美だ。「当社も子どもたちを応援したいから協力します」と高橋に言ってきたのである。
今のところ「未来ゾーン」があるのはウインドサーフィンだけだ。しかし、それを見た他の競技団体も次回から未来ゾーンを採用することになるかもしれない。今大会では感染対策を行ったうえで、戸外での実施を想定している。
子どもたちを大切にしなくてはオリンピックは先細りになってしまう。
未来とは子どものことだ。子どもたちが体験した現実がいずれ未来になるとも言える。子どもたちが未来とレガシーと物語を創る。大人がレガシーを創るのではない。
童話作家のハンス・アンデルセンはこう言っている。
「われわれの空想の物語は現実の中から生みだされる」