実は統合失調症ではなく「意味性認知症」だった

11月になると、母親は現金や免許証、下着などを隠すように。自分で隠してどこに隠したか忘れてしまうため、「盗まれた!」「あのやろー! 勝手に家に入りやがって!」と口汚くののしるが、大抵の場合、犯人は母親自身。お金や下着が家のあちこちから見つかったが、不思議なことに、免許証だけは現在も見つからない。

2019年2月、統合失調症の薬に限界を感じた柳井さんは、脳神経外科を予約。1カ月待ってさまざまな検査を受けた結果、4月になって「意味性認知症」の診断が下りた。

意味性認知症とは、側頭葉に左右差のある萎縮があり、主に意味・記憶障害が起こる認知症のひとつだ。65歳未満で発症することが多く、左優位萎縮では「みかん」「桜」といった一般物品についての意味・記憶障害が現れ、右優位萎縮では人物についての意味・記憶障害が現れやすい。

脳外科医は、「初めから統合失調症ではなく、意味性認知症だったのかもしれません」と言った。その後、心療内科医と相談して統合失調症の薬をやめたが、問題は起こらなかった。

「70代で統合失調症を発症するのは珍しいと言われますし、母の問題行動が現れ始めたのもちょうど65歳くらいです。あのとき頭の画像を撮っていれば、認知症を早期発見できたかもしれないと思うと悔やまれます……」

家とは反対の方向に歩いていった母親が行方不明に

母親は要介護1と認定され、週3日デイサービスの利用を開始。

2019年3月には妹が結婚し、実家を出ていった。4月、柳井さんは職場復帰のために、長女をならし保育に預け、母親とランチに出かけた。

すると保育園から「熱があるようなのでお迎えに来てください」という電話が。母親に伝えると、「心配ね。早く行ってあげなさい」という。柳井さんは実家の近くで母親を車から降ろし、「ここで大丈夫?」と訊ねると、「大丈夫、大丈夫! 早く行ってあげて!」と手を振る。柳井さんは「ありがと! じゃ、迎えに行ってくる!」と母親と別れた。

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去り際にバックミラーを見ると、母親は家とは反対の方向に歩いている。不審に思ったが、「いつもの自動販売機に飲み物でも買いに行ったのかな?」と思って保育園へ向かった。

長女を車に乗せると、柳井さんはだんだん母親が心配になってきた。母親の携帯電話にかけてみるが、出ない。実家の固定電話にかけてみても、出ない。「これはおかしい」と思った柳井さんは、仕事中の父親に電話をした。

「お父さんごめん。お母さんが行方不明になっちゃった」

父親は、「仕事にキリがついたら向かう」と言った。柳井さんは車で母親を探し回るが、どこにもいない。一度家に帰って長女の熱を測ると、少し下がっていた。水分を摂らせると、柳井さんは再び車で母親を探す。