思春期以降の娘に「いきなりの5W1H」は危険

先に、妻に対して、いきなり5W1H(なに、どこ、いつ、だれ、なぜ、どのように)で話しかけてはいけない、と述べた。これは、娘にも当てはまる。

彼は、スマホアプリに夢中な娘さんに、無邪気に「それ何?」と尋ねているのだ。お絵かきに夢中な5歳の娘に、「それ何?」と尋ねたときのように。

5歳の娘は、機嫌を損ねることなく、「ウェディングドレスだよ。ののちゃんは、パパのおよめさんになるんだぁ」なんて、答えてくれたはずだ。あそこまでの愛らしさじゃなくても、せめてまっすぐな答えが返ってくるかと思いきや、15歳の娘は不機嫌のオーラをまとって、無言で自室に消えていく。お父さんたちのショックは、いかばかりかとお察しする。

とはいえ、こんなこと聞くなんて、危険すぎる。思春期以降の娘には、「それ何?」は、「何、くだらないことしてるんだ?」と聞こえているのである。そこまでではなくても、父親に、自分が感じている面白さが伝わるとも思えず、ことばを選びかねて困惑し、退散することにしたのだろう。それが、思春期以降の女性脳というものである。

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世界で一番ありえない男子

思春期の娘が、父親に急に冷たくなるのには、脳科学上の明確な理由がある。

脳の警戒スイッチが入ってしまうからだ。爬虫類、鳥類、哺乳類のメスは生殖リスクが高いので、基本的には、オスを警戒し、排除しようとする本能がある。異性から向けられた言動に一瞬身構え、「攻撃か⁉」と疑うのだ。遺伝子相性の悪い相手との望まない生殖を避けるための、脳の辺縁系周辺に仕込まれた大事な“スイッチ”である。

このスイッチ、父親といえども、容赦なく入る。いや、父親にこそ、世界で一番強く働くのである。なぜならば、HLA遺伝子が酷似しているから。

黒川伊保子『不機嫌のトリセツ』(河出新書)

思春期以降の女性は、異性に対し、基本的に警戒スイッチが働くのだが、そのままではつがえない。そこで、遺伝子相性のいい男性(免疫タイプを決める遺伝子=HLA遺伝子が自分と一致しない男性)だけに警戒スイッチを切るのである。HLA遺伝子が一致しない相手と生殖すれば、子孫に、さまざまなタイプの免疫力をもたらすことができるからだ。

このとき、女性は、主に父親からもらったHLA遺伝子を使うという。つまり、父親は、HLA遺伝子が最も近い相手。言い換えれば、「世界で一番ありえない男子」なのだ。

思春期というのは、娘にとっても残酷である。「世界で一番、大好きなパパ」が、ある日、「世界で一番ありえない男子」になってしまうのだから。警戒スイッチがうまくコントロールできるようになる18歳くらいまで、娘は、父親に不機嫌なのだが、それは許してあげてほしい。ここで関係がこじれなければ、やがて娘は父のもとへ戻ってくる。