エルサルバドルのナジブ・​ブケレ大統領の公式ポートレート(2019年6月3日 出典=AndreX/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

同時にブケレ大統領は、エルサルバドルでビットコインのマイニング(大量の電力を消費してコンピューターで行う計算作業)を振興する構想を示している。

そして批判が多い大量の電力消費に伴う環境への負荷という問題を軽減するために、ブケレ大統領は国営電力会社に対して、再生可能エネルギーである地熱発電の利用を検討するように指示を下した。

対米依存からの脱却という文脈から解説されることも少なくないこの決断だが、実業家出身のブケレ大統領が強い反米意識を抱いているとは考えにくい。その実、マイニングを容認することで、エルサルバドルにマネーを呼び寄せることがブケレ大統領の真の狙いではないだろうか。そうであるとしたら、大統領の決断は文字通りのギャンブルだ。

自国通貨を放棄し、米ドルに「通貨の安定」を求めた過去

このようにエルサルバドルはビットコインを米ドルと並ぶ法定通貨に定めたわけだが、それ以前にエルサルバドルが独自通貨コロンを放棄して米ドルを唯一の法定通貨と定めていた背景には、いったいどのような理由があったのだろうか。それはエルサルバドルが1980年から92年まで、深刻な内戦に陥っていたことが深く関係している。

当時のエルサルバドルでは、ニカラグアでのサンディニスタ革命(1979年)に刺激された反政府運動が激しさを増し、米軍の支援を受けた政府軍とゲリラ勢力との間で武力衝突が生じていた。国連の仲介によって和平が実現した後、1994年に選挙が行われ、ようやくネイションビルディングが開始されることになったという経緯がある。

この過程でエルサルバドルは、不安定な通貨であったコロンを放棄し、米ドルを法定通貨にしたわけだ。この選択によってエルサルバドルは金融政策の自律性を放棄したかたちとなったが、代わりに為替レートが消滅したことで物価と通貨が安定することになった。そうした安定を基に、エルサルバドルは経済運営に注力することができたわけだ。

内戦終結から30年近くが経過したとはいえ1人当たり国内総生産(GDP)は4000ドルを超えた程度と、エルサルバドルはまだ中所得国にすぎない。中所得国にとって、物価と通貨の安定は経済発展の基本中の基本ともいえる。にもかかわらず、価格変動リスクが大きいビットコインを法定通貨にするという決断は、非合理であると言わざるを得ない。