震災から3年後、被災地の人が感じた寂寥感

——震災風俗嬢の取材に対して、不謹慎だという反発や批判はありませんでしたか?

小野一光『震災風俗嬢』(集英社文庫)

あれは、2012年1月でした。石巻の居酒屋で知り合って親しくなった地元の男性に「風俗の取材なんてしても仕方ない。もっと被災地のためになるような取材してほしい」と怒られた経験があります。私自身も震災の傷跡が生々しい時期に、性風俗取材は地元の人たちの気持ちを逆撫でする行為なのかもしれない、と後ろめたさを感じた経験でした。

しかし2年後、その男性と再会したときには「風俗でもなんでも、石巻を取り上げるのなら、どんどん取材して」と態度が軟化していた。2014年くらいになると石巻を訪れる報道陣も減り、メディアが取り上げる頻度も減っていったんです。彼は潮が引いたあとのような寂寥感を覚えていたようなのです。地元の人たちは「取り残された」「忘れられた」と感じていた。だから、たとえ性風俗でも、被災地に関心を持ってもらいたいと思ったんでしょうね。

被災地では、男女ともに性風俗を切実に必要とした人たちが確かにいた

——長期間、継続して取材したからこそ見えてきた視点ですね。

小野一光『冷酷』(幻冬舎)

これまでインタビューをさせていただいた震災風俗嬢のなかで、いまも風俗店で働き続けているのは3人です。都市部の性風俗店は入れ替わりが激しく、1つの店に10年間も在籍するケースはまずありません。そこは性風俗店が少ない地方ならではです。

加えて震災後、風俗嬢たちにとって、お客さんに感謝された経験も大きかった気がします。震災後の苦しい状況のなか、彼女たちだけに苦悩を吐き出せた男性たちは、みな感謝の言葉を口にしたそうです。

さらにリピーターになり、定期的に指名してくれる客もいる。女性たちにとって、未曾有の災害のなか自分自身の存在が、そして風俗という仕事が、社会に必要とされていると実感できたのかもしれません。

©小野一光
2011年3月14日の大槌町

人間は建前やきれい事だけでは生きていけない。震災直後の被災地では男女に限らず、性風俗を切実に必要とした人たちが、確かにいたんです。(後編に続く)

(聞き手・構成=山川徹)
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