「王さんとパパと、どっちが偉いの?」
私が南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督だった頃、選手たちに茶髪や無精ひげを禁止したのも、そんな理由からだ。古い考えだと思われるかもしれないが、「髪型の乱れは心の乱れ」だと私は信じている。身だしなみや「時間厳守」の考え方は、社会生活における最低限のルールだと考えている。
だから、どの球団でも、いつの時代であっても、私はこの点に関しては口うるさく言い続けたのだ。ところが、こと子育てに関して言えば、私はそんなことすら徹底できていなかった。放任主義とほったらかしはまったく似て非なるものだということすら、思い至っていなかったのである。
「王さんとパパと、どっちが偉いの?」
子どもの頃の克則にこんな質問を受けたことがある。説明するまでもないだろうが、「王さん」とはもちろん、「世界の王」こと王貞治のことだ。当時はワンちゃんもまだ現役選手だった。いや、現役引退直後のことだったかな?
記憶は定かではないが、いずれにしてもまだ小学生たちのヒーローとして「世界の王」の記憶が生き生きと息づいていた頃のことである。自分で言うのも照れるけれど、克則は父である私のことを尊敬していた。しかし、どうやら世間の評価は「野村より王」であるらしいことに気がついた。
しかも、王は生涯で868本ものホームランを放っているのに対して、私は現役通算657本。200本以上も彼の方が多い。「パパの方が偉いんだ」と信じたいけれど、「どうもパパの方が分が悪い」ということに、子どもながらに気がついていたようだった。
「もちろんパパの方が偉いんだよ」とは答えられず…
ひょっとしたら、学校で「お前のお父さんよりも王さんの方が偉いんだ」と言われたのかもしれない。記録を振り返ってみれば、私が王に勝っているのは通算打席だ。2位の王が11866打席に対して、私は11970打席で史上1位だ。私自身は「長く第一線で活躍した証だ」とこの記録を誇りに思っている。
しかし、小学生の子どもにとって、ホームランや打率の方が華やかでわかりやすい。だから、克則は「パパの方が偉いんだよ」と言ってほしくて、「どっちが偉いの?」と尋ねたのだろう。このとき私は、「さて、どう答えればいいのだろう?」と思案に暮れた。
彼の気持ちを考えれば、「もちろんパパの方が偉いんだよ」と答えてあげた方がいいのかもしれない。しかし、私と王とでは打者としてのタイプが違うし、育ってきた環境も大きく異なるため、一概に「パパの方が偉い」とも、「王選手の方が偉い」とも言うことができない。
子ども相手に気休めを言いたくはなかった。
結局、いい答えが見つからず、「さぁ、どうかな? それは難しい問題だな」と、曖昧な返事をするのが精一杯だった。しかし、すぐに私は後悔した。たとえ、事情が複雑であったとしても、私の本当の気持ちを丁寧に説明すべきだと思ったのだ。