ウェルカム・トゥ・メジャー。
『12人の指名打者』のセリフはカッコよすぎる

短編集『12人の指名打者』もメジャーが舞台です。新米審判を主人公とした一編では、彼がマイナーリーグの審判時代、セーフと判定すべきプレーを、早く仕事を終わらせたくて故意にアウトにした。その後、彼は晴れてメジャーの審判としてデビューを飾ることになった。一方のチームが勝てば優勝が決まるという大一番なのですが、もう一方のチームの監督が、例のマイナーの試合で新米審判に「あれはセーフだった」とかみついた人物でした。

結局、優勝のかかったチームは最終回、走者満塁のピンチを迎えましたが、相手打者をゴロに打ち取り、6-4-3のダブルプレー。観衆も選手も「優勝!」と大騒ぎする中、2塁塁審は両手を広げセーフの判定。この塁審こそ、新米審判でした。優勝決定は持ち越しとなり、改めて定位置についたこの塁審に、因縁の監督がこう言うのです。

「ウェルカム・トゥ・メジャー(おい、節穴、大リーグへようこそ)」。実にカッコいい、含蓄のある言葉だと思いませんか?『シューレス・ジョー』は、映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作として知られています。1919年、八百長事件に巻き込まれ、メジャーから永久追放された悲運の名選手が、現代のアイオワのトウモロコシ畑につくられた野球場に現れる。最後に主人公は、死んだ自分の父親とそこでキャッチボールをする。野球へのオマージュがファンタスティックに描かれます。

アメリカはこれまで蒸気機関車のように走り続けてきた。多くの悲喜こもごもがあった。でも、いつもそこにはベースボールがあった――という一節があります。まさにベースボールが生んだ小説。アメリカとこの国民的娯楽(ナショナルパスタイム)とのつながりがよく実感できるのです。

野球関連で日本の作品をあげるなら、元報知新聞記録記者の宇佐美徹也さんの『プロ野球データブック』でしょう。36年に日本にプロ野球が発足してから60年間の名選手の軌跡のほか、新記録・珍記録が網羅されています。

例えば、巨人の別所毅彦投手が完全試合をあと一人のところで逃したエピソードがいい。52年、松竹ロビンス戦で9回2死の場面で代打・神崎安隆選手に内野安打された。実は、これが神崎選手の生涯唯一のヒットだった。つまり、完全試合阻止のためだけに神崎選手はプロ選手になったともいえる。たった一球ですべてが変わる野球の面白さ、怖さがここに凝縮されています。

この本の素晴らしさは、往年のスターだけでなく、こうした無名選手の逸話をスコアブックの数値データから引き出しているところ。選手の“心”や“思い”をことさら強調せずとも、読者を興奮させ感動させてくれるのです。

50代以上の読者にとって、長嶋茂雄の存在は別格であるに違いありません。その意味では、岩川隆さんの『キミは長島を見たか』は必読です。80年10月21日、巨人軍監督だった長嶋の解任劇の背景を様々な関係者の証言によって追うドキュメント。僕も何度かご本人にインタビューをしましたが、やはり後光が射していました。長嶋茂雄という存在の大きさと魅力を再認識するのに最適といえるでしょう。

(構成=大塚常好 撮影=若杉憲司)