言葉が心に響くための第一の必要:「言行一致」
第一は、言行一致である。
菅首相の会食問題はまさにこれだが、同じ首相でもこんな人物がいた。池田勇人。
首相在任中のこと。全国遊説の帰途に気分転換で、「東京に帰ったら、待合に行きたいのだがなぁ」と秘書に漏らした。待合というのは、貸席のいわば料亭のようなところ。
「いいじゃないですか」
「そうか、じゃ、行くか」
10分ほど車を走らせたところで池田は、「やっぱり、よそう」と言い出した。池田は内閣発足時、「一般の国民が行かないゴルフや待合には行かない」と記者会見で発言していた。それを思い出したのである。けっきょく池田は首相在任中、一度もゴルフや待合に行かなかった。
あるいは。
福田赳夫は「資源有限」「もったいない」という言葉をよく使って、物質万能主義を批判した。彼は私生活でも、朝食で生卵の殻の中にご飯粒をいれてすくって食べたり、「『二』のつくものは持たない」と言って、別荘も妻以外の女性と交際することもなかった。
池田と福田は政治的には対立していたが、人間としての生きざまにはどこか似通ったところがある。いずれも人間的な信頼感があって、たとえば福田は政権後半に支持率が上がっていくという、つまりは政権を担当することで国民から信頼を得ていったことが数字にも表れている。政権が言行一致でないと、なかなかこうはいかない。
あの人が言うならきいてやろう、というのは、人間としての信頼感がなければならない。政治家における信頼感とは、言行一致にほかならない。うそをついたり言い訳に終始する政治家は、やがて信頼を失うのである。
言葉が心に響くための第二の必要:「正しい志」
第二に、「正しい志の必要」である。
ケネディ暗殺後に大統領になったリンドン・ジョンソンは、それまで民主党の中でも保守的な人間とみられていた。ところが大統領に就任するや、リンカーン以来と言われる公民権法、いわゆる人種差別撤廃法を成立させた。
ジョンソンは「立法の魔術師」と言われるほど議員時代から議会操縦に長けていたが、公民権法を成立させるには、それまでジョンソンの味方だった保守派、つまり公民権法を推進したくない連中と真正面から戦わねばならなかった。
ジョンソンはしかし、「公民権法案が通るまで、他の法案はとおらなくてもいい」とまで言い切って法案成立を推進した。
実はジョンソンは若い頃から人種差別を嫌っており、小学校教師としてヒスパニックの子どもたちを教えていた頃から、人種間の融和を志していた。
人類普遍の正しい志に、ジョンソンの政敵たちも次々に味方となり、ついに公民権法は成立した。
政治には、高い倫理性が必要である。利害関係が露骨に表れる場だからこそなおさら、高い志が不可欠で、そういう志を持った人物の言葉は、国民の心に必ず届く。志なくして、政治家の説得力はあり得ないのである。