【岸田】弟みたいに知的障害のある人に対して、「生産性がない」「みんなに迷惑かけている」という過激な意見を、たまに見ることもあります。でも違うんです。

彼がそうやってペンをとってくれたから私はめちゃくちゃいい本ができたし、彼がいろんなところで私と遊んでくれるから、そのエピソードを本にできる。私の周りで、何かを作り出してない人はいない。誰かが誰かに影響を与えて、どこかでいいことが起きているという人間バタフライエフェクトみたいなことは常に起きています。

相模原の障害者殺傷事件に思うこと

【乙武】いまのお話をお伺いして、勇気が要るけどお聞きしてみたいのは、そういう弟さんを持つ岸田さんにとっては、相模原で起こった障害者殺傷事件はどう思っていますか。特に犯人の「障害者とは生きる価値がない人間である」という主張をどう受け止めたの?

【岸田】めちゃくちゃ怖かったし、許せないですよ。でも、私のなかに、世の中を少し俯瞰できる私がいるのだけど、その私は「そう言ってしまう人がいるのはおかしなことじゃない」とも考えるんです。

【乙武】というと?

【岸田】それはもう究極の差別じゃないですか。それこそ小さい差別を、私の家族は普段から受けていました。こちらは差別だとも思わないぐらい、慣れてしまっています。いまでこそお母さんは、タクシーに乗れるようになったんですけど、3~4年前のタクシーは、車椅子を見ると、止まらずに走りさっていくことがあったんですよ。

【乙武】最近は研修も進んでいるし、スロープ付きの車両も増えてきているから少しは改善されつつあるけど、少し前は平然とそうしたことが行われていたよね。

写真提供=小学館
乙武洋匡氏

【岸田】はい。それも差別なんだけど、当人が気付いていない。原因は悪気があるからではなくて、知らないから。それが大きくなっていった先に、極端な思考を抱く人も出てくるんだろうと思いました。

主張もするが、まずは知ってもらうことが大事

【岸田】私は意外と「差別だ!」「許さない!」と激しい感情を持つほうじゃないんですけど、そうやって小さな、だけど傷つくことを見て見ぬふりしてたらいけないとも考えています。違和感はやっぱり言葉にしていかないと。

でもそれ、乙武さんならわかっていただけると思うんですけど、「私はこんなに傷ついた」といっても、人は敬遠しちゃうじゃないですか。だから、ユーモアを交えて伝えたりとか、押しつけではなく、まずは知ってもらう意識が大事だと思うんです。

【乙武】それは、『五体不満足』を書くときにまったく同じことを考えた。それまでの「障害者運動」は、それこそ拳を振り上げて、「権利をよこせー! こういう差別をなくせー!」というもの。そういった運動のおかげで制度が変わったり、設備が整ったりしたことは間違いない。そこに先人に対する感謝は絶対に持たなければいけないと思ってる。