「豊田会長の提案はまさに『正論』であり、進めるべき」
経産省関係者は「豊田会長の提案はまさに『正論』であり、進めるべきだ。ただ長年にわたって続いていた官と民の慣行やそこで仕事をしてきたメーカーの渉外担当者らが本当に変わっていけるのかどうか」と指摘する。確かに「正論」がつねに世の中で通るとは限らない。今回の改革が狙い通り進むかどうかを判断するには今しばらく時間がかかりそうだ。
だが今回の改革が投げかけている大切なテーマは、私は「働く」ことの意味の問い直しだと思う。今回の改革で委員会や部会などに参加するメーカー14社の役員や幹部社員の数は500人程度となり、これまでの人数に比べ半分以下となった。自工会に関わってきた大人数のメーカー社員らが組織改革で実は「仕事」を失った。その「仕事」といえば、実は「これまでずっとこうしてきたから今年も同じようにしよう」という前例を踏襲した「仕事」が多かったのだろう。つまり新たな価値を生んではいない仕事に多くの人たちが関わっていたのである。
もちろん会社の中にもそんな仕事は少なからずあるのが現実だ。ところが自工会などの業界団体の場合、「業界団体の活動だから、これまで通り無難に進めよう。ここで成果を上げようと必死にやることもあるまい」と考えがちになる。「仕事」と称していろいろ動いてはいるが、「働いてはいない」状態になっていたのではないか。そこに豊田会長はメスを入れようとしているのではないかと思う。
貴重な人生の時間を無駄に過ごしてほしくない、という考え方
トヨタ生産方式の基本思想は「徹底した無駄の排除」であり、それを貫く二本の柱は「ジャスト・イン・タイム」と「ニンベンのある自働化」である。「ジャスト・イン・タイム」は説明を省くが、「ニンベンのある自働化」は少し説明を要するだろう。
『トヨタ生産方式』(大野耐一著、ダイヤモンド社)によると、「ニンベンのある自働化」の精神はトヨタの社祖、豊田佐吉翁の自働織機の発明が源だ。佐吉の発明した織機は縦糸が一本でも切れたり、横糸がなくなったりした場合、すぐに機械が止まる仕組みになっていた。つまり不良品の生産を防止し、無駄なものをつくることを排除し、付加価値のあるものだけをつくることを目指したのだ。
不良品をつくり続けることは、貴重な人生を使って働く人たちの大切な時間を無駄にすることでもある。トヨタ生産方式の基本思想である「徹底した無駄の排除」には実は、不良品をつくり続けたり、付加価値を生まない仕事をし続けたりして、貴重な人生の時間を無駄に過ごしてほしくない、という考え方が底流に流れている(『生きる哲学 トヨタ生産方式』〔岩月伸郎著、幻冬舎〕など)。
豊田会長は近年、トヨタ社内でトヨタ生産方式をものづくり現場だけではなく、事務系の職場でも浸透させようとしている。その真意は他者に付加価値を与えない仕事で動き回っているのではなく、付加価値を与える仕事で「働いてほしい」ということだと思う。今回の改革も業界団体の仕事とはいえ、そこに関わる人が「自覚と覚悟」を持って、人生を無駄に過ごしてほしくない、という思いが込められてはいないだろうか。自工会改革は業界団体にとどまらず、ビジネスパーソンに働くことの意味を問い直している。