本人は共感力ゼロだが、支持者に共感しているように見せるのがうまい
選挙における有権者の心理などに詳しいアメリカ・エモリー大学のウェステン教授は、「有権者が知りたいのは、①この候補者や政党は私と同じ価値観を共有しているのか、②この候補者は私たちのような人々を理解し、気にしてくれているか、の2点に絞られる」(米雑誌『Psychology Today』)という。
そもそも、選挙において、どの候補者を選ぶか、とわれわれが問われれば、人柄や高潔性、有能性、経歴などを判断する、と答える人もいるだろうが、そういったものは実は二の次ということなのだ。自分たちのことをどれだけわかってくれているか、自分たちと同じように考えてくれるか、つまり、どれだけ共感してくれるか、がカギになるということだ。
筆者は前述の新著の中で、これから求められるリーダーシップ像はトップダウンの「教官」型ではなく「共感」型である、と指摘した。
コロナ禍で、国民の支持を集めたのは、その気持ちに寄り添うニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相(40)のような「人の痛みに寄り添う」タイプだったことからもわかるように、ソーシャルメディアを中心としたフラットなコミュニケーションが主流となる時代には、リーダーの「共感」力がますます問われるようになる。
筆者が見たところ、トランプ自身には共感力は全くないが、特定の支持者に対して、表面上、「共感」しているように見せるのが非常にうまい。彼と商売で会った人は、相手をもてはやし、ほめちぎる姿が印象に残ると口をそろえる。
そこには、商売のため、という意識もあるのだろうが、彼を駆り立てているのは実は「愛されたい」というある意味、強烈で幼稚な欲求があるように思えてならない。15日に開かれたタウンホールで、会場の質問者から「あなたは笑うと、本当にハンサムだわ」と言われた時、トランプはなんとも言えない嬉しそうな表情を浮かべた。
ポリシーもイデオロギーもない、愛されるなら誰にでも何でもやる
厳格な父と母に育てられ、愛情に飢えていたと伝えられるトランプだが、人々からほめられたい、賞賛されたい、愛されたいという承認欲求が人一倍強い印象を受ける。彼自身には実は、何のポリシーもイデオロギーもないと言われる。
彼は支持者の写し鏡でしかなく、その愛情を受けるために、何でもするのである。仮に、民主党支持者が彼を愛してくれるのであれば、彼らが喜ぶような施策をぶち上げていたのかもしれないということだ。
彼は自分のスタイルに似た強い独裁者を愛し、これまでも、北朝鮮の金正恩主席、中国の習近平主席のことを何回となくほめ、持ち上げてきた。今のところ、中国に対して、手厳しく当たっているように見せているが、優しくされ、自分に得があるとなれば、恥じらいもなく態度を変えるだろう。
その激しく、絶望的な渇望ゆえに、より愛してくれる白人至上主義者や極右を否定するどころか、憑依していく。民主党のバイデン候補は前回のディベートで、トランプをピエロと呼んだ。トランプは自信に満ちあふれ、大言壮語を吐き続ける一方で、常に「愛されたい」と自らを道化にする、悲しく、寂しいピエロの一面があるのかもしれない。
トランプはその希代のペテン師ぶりから、映画『グレーテスト・ショーマン』のモデルにもなった19世紀の興行師、P.T.バーナム(1810~1891年)に例えられることがある。いわゆる「フリークショー」などを展開し、成功を収めたが、破産を繰り返すところなどが似ているからだ。
第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン(1809~1865年)が言ったとされる「一部の人たちを常に、すべての人たちを一時だますことはできるが、すべての人たちを常にだますことはできない」という言葉に対し、バーナムは「ほとんどの人を、ほとんどの時間だませるものだ」と言ったと伝えられている。そのどちらが正しいのか、その審判の日は11月3日である。