【ここがクリエイティブ
@一橋大学大学院商学研究科 教授 守島基博】
私がこのケースで最も注目する点は、経営者のコミュニケーション能力です。川田達男社長はあらゆるチャネルを使って、「社員を大切にする」という考えを一貫して従業員に伝えています。実は、そうした経営におけるコミュニケーションの重要性はかつてなく高まっているのです。社員の意識が多方面に分散するようになっていて、制度や仕組みなどの「ハード」だけでは企業の変革ができなくなっているからなのです。
経営者には、効率を追求する「頭の使い方」だけでなく、そうした社員の意識に働きかける「心の使い方」が強く問われ始めています。JALとJASのように大企業同士のM&Aで失敗しがちなのは、きっとハード面におけるシナジー効果だけに目がいってしまい、その一方でコミュニケーションのようなソフト面への配慮が欠落しているからではないでしょうか。
コミュニケーションには、「複数のルート」があります。実際に、川田社長は言葉で伝えるだけでなく、「工場にこまめに通う」など自らの態度で社員への思いを伝える努力を行っています。また、親会社の年間設備投資額の約4分の3に当たる多額の投資をすることで、再建に対する思いが真剣であることを目に見えるかたちで示してもいます。「お金の使い方」も信頼関係を構築するコミュニケーションの一形態といえるのです。
確かに、「社員こそ宝」と口にする経営者は数多くいらっしゃいます。しかし、それを1つの方法ではなく、さまざまなやり方で伝え続けている川田社長のような経営者は極めて稀な存在だと思います。