2007年、来日されたダライ・ラマ14世がメディア取材を受ける際、私は通訳の1人として同席しました。各国のマスコミから質問が飛ぶなかで、政治的に厳しい質問や、わざと怒らせようとするような挑発的な質問もありました。しかし取材中、常に穏やかな表情を崩されなかった。

私は後から彼に「怒ることはないのですか」と質問しました。すると彼は笑いながら「私も腹を立てることはあります。しかし、怒りを鎮める方法も知っている」とおっしゃいました。「(禅僧の)君ならわかるだろう」と言葉を返されたので「はい」とお答えしました。

彼のような人徳者であっても、常にブッダでいることはできません。人にやさしく接するなんてできないというときは、誰にでもあります。私たち禅僧は、坐禅で心を整えます。みなさんは、そういうときは無理をしすぎず、「パートタイム・ブッダ」を心がけましょう。ご家族の前、あるいは会社の同僚の前で、ブッダでいられればいい。1人のときは、一日中パジャマで、音楽を聴いたり、朝からビールを飲んで過ごしたっていいのです。大切なのは、その怒りや不安で揺らいだ心を穏やかにする自分なりの方法を知ることです。

パートタイム・ブッダは世界を救う

そもそもなぜ、人は怒ったり、イライラしてしまうのか。これは人間にとっては非常に自然なことです。

人間の根本には、3つの欲求があります。1つめは、生きることへの欲求。突然海に落とされたときに、必死にもがいて生きながらえようとする欲求です。2つめは、破壊欲。何かを壊したり、物に当たってうっぷんを晴らしたいという気持ち。それが相手に向かえば攻撃に、自分に向かうと自殺願望に変わります。3つめは、五感や体で感じる欲求。睡眠欲や食欲といったものです。頭で感じる名誉欲や承認欲などもそうです。それらが脅かされると、人間は怖れを感じます。死が迫ってくる恐怖が強くなるわけです。

生老病死苦。お釈迦様は、この世で生きていくのは、老いや病気、死ぬことと同じように苦しいと説かれました。人生とは、苦しみの海に出て、時折安らぎの浜辺に癒やされながら、上手に航海するようなものです。

心は一日を通して働きます。人と会うだけでも垢がつき、塵や埃が溜まります。体の汚れは石鹸で落とせても、心の汚れまで手が回っている人はそう多くないでしょう。シャワーを浴びてお風呂に入るように、心のケアをしてあげてください。