働く目的はエレベーション
「歩合給や昇進は、自分を高めるための手段としてわかりやすいので取り入れています。しかし目的にはなりえない。人が働く目的は、仕事を通じてエレベーション(自己研鑽)を試みることに尽きると思います。例えば若者が旅に出て、見たことのないものを見ようとするのも向上心だし、アスリートがタイムをコンマ何秒か縮めようと練習に熱中するのも向上心。自分が昨日と違っているという成長を感じている限り、物事を投げ出す人はいないはず。だからそこに社員の意識を持っていくのが経営の仕事なんです」と井上氏。
人材育成を熱く語る一方で、高く評価される「事業戦略の巧みさ」については、それほど意識していないという。
「経営を戦略的に考えたことはありません。自分は経営者というより商売人。頭ではなく肌で感じたことから答えを見つけるタイプなんです。ただ、答えを見つけるために考える時間はとても大切にしています。ベンチャー経営者は忙しいからこの『考える』時間を後回しにしがちですが、誰の真似でもない事業で身を立てていくためには、自分で考えるしかないと思う。とくに新しいことを始めるときは、頭でわかるだけでなく、スコーンと腑に落ちるところまでいかないと、確信を持って動き出せないので」(井上氏)
戦略的ではないと自らを評する井上氏だが、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 大薗恵美教授はこうも言う。
「井上さんは、そう言いながらもやっていることは非常に戦略的です。事業目的を明確にして、それに必要ないことは一切やらない。一見安定性に欠けるようですが、逃げ道がない分、本道を深掘りすることにもつながります。そしてこのような尖った戦略こそが、市場で強さを発揮するのです」
幼い頃から「商売」に興味を持ち、小学生の頃には、松下幸之助や本田宗一郎の経営書に熱中したという井上氏。大学卒業後に渡米し、大手の会計事務所に入社したものの、「過去の数字を追う監査は性に合わない」と気づくやいなや、あっさりと職を辞して帰国。その直後に取り組んだのが、自分で一から会社を興すことだった。
愛読書『ビジョナリーカンパニー』では、文中で紹介される「理念ある企業像」に触れるたび、「うちの会社はどうか」と考え込んでしまい、1ページ読み進むのに1週間かかった個所もある。
誰の真似をするでもなく、考え抜いてつくり上げた理想の会社は、同時に「強い会社」でもあった。今後はその理念がどのような形で顔を出すのか。その未来をつくり出すのは、ほかならぬ、そこで働く社員たちの底力にかかっている。