進んで名を求めず、退いて罪を避けず

功績を上げても名誉を求めず、失敗しても責任を回避してはならない――。

「上司は、権限を委譲して、責任はとるが手柄は部下にやる。逆にいえば、部下も、あまり手柄を欲しがらずに、上司の顔を立ててやればいいんです」(古川氏)

『孫子』を著した孫武は、君主国の王に仕えた将軍である。王は将軍に全権を委任しなければ戦いに勝てない。しかし、戦いを勝利に導いた将軍には国中から名声が集まり、王にとっては妬みの対象にもなる。さらには、自分を追い落とすのではないかと不安に駆られることにもなる。

守屋氏は、「雇われ将軍である孫武は、そのことをよく心得て、『私は名誉は求めません。失敗したら責任をとります』と、自分を守ろうともした」と解説する。

「これは嫉妬と不安のマネジメントなんです。上司というのは、部下に嫉妬する可能性が常にある。成果を上げれば自分を認めてくれるのだと素直に考えすぎると足元をすくわれる、ということが、実はこの言葉から垣間見えるわけです」

捗々(はかばか)しい業績を上げても、これ見よがしに自分の手柄だと誇るのではなく、上司の体面を保って、控えめに振る舞う。

古川氏は、「〇〇部長のご指導のおかげです」と上司に適度に恩を売りつつ、「私は経験が浅いので、至らないところはどんどん指摘してください」というように殊勝な部下を演じるべきだと強調する。つまり、「手柄欲しがり上司」への対策でもあり、上司と部下のありようを説いた要諦として読むことができる。

決して勇ましい戦いを推奨しているのではない。傷つけ合うことなく自分を有利に導くことこそベストだと説いている。

守屋 淳●中国古典研究家

1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、現在、中国文学の翻訳・著述家として活躍。『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ』『最強の孫子』『活かす論語』『孫子とビジネス戦略』『逃げる「孫子」』『中国古典の名言録(共著)』など著書多数。


古川裕倫●経営コンサルタント

1954年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、三井物産に入社し、23年間勤務。2000年、ホリプロに転じ、取締役執行役員に。07年、自身の会社・多久案を設立し、経営コンサルティングなどを手がける。『他社から引き抜かれる社員になれ!』『できる人はすぐ決める!』など著書多数。
(的野弘路、増田安寿=撮影)